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身支度を整えて店へ出ると、空調の効いた店内に由梨の姿はすでになかった。代わりにテーブルの上には空になった食器が置いてあり、そこで由梨がおむすびを頬張っていた姿を思いうかべる。
――由梨さん、大葉のおむすびを気に入ってくれたらいいな。
食器を片付けながら、由梨を思う。おむすびもおみおつけもきれいに完食されている。滅多に残す人はいないが、完食されているのを見るのはやはり嬉しい。食器をまとめてテーブルを拭き、食器を洗う。
ひよりは調理を担っていないため、基本的には接客のほかに洗い物を担当している。水瀬も福子も接客はもちろん、水瀬はおむすびを握り、福子はおみおつけを作っておむすびも握る。手が空いていれば店の洗い物と掃除だけでなく、水瀬家の掃除までして帰るというえん随一の働き者が福子だ。
その福子は水瀬と共に朝から働いている分、お昼の繁忙時間を終えるまでが勤務時間だ。その後は用があれば帰宅し、何もなければ水瀬家の居間でお気に入りの情報番組・ミヤケ家を見ている。
今日はそろそろ勤務を終える時間らしく、食器を下げたひよりは母屋へ向かう福子と遭遇する。大概、ひよりが勤務を始めるのは福子が帰る頃だ。
ひよりの姿を認めた福子は得意気な顔をする。
「田辺医院の由梨ちゃん、大葉のおむすび美味しかったって言ってたわよ。ひよりちゃんのオススメに間違いなかったって」
福子が得意げな顔をしたことに納得し、ひよりも口角を上げる。美味しかったと言われて、嬉しくないわけがない。
「そこで会って一緒に来たんです。その時にオススメを聞かれたので、アピールしておきました」
商売上手ね、と福子が笑う。
「ひよりちゃん、七夕は?」
七夕は七月七日、八月に入った今となれば七夕はもう一ヶ月も前の話だ。だが福子が話す七夕は仙台七夕だ。
仙台七夕は七夕の一か月後、八月六日から八日の間に行われる。アーケードがかけられた商店街に並ぶ色とりどりの吹き流しが綺麗だ。青森のねぶた祭、秋田の竿燈まつりと並ぶ東北三大祭りの一つであり、毎年ニュースでも取り上げられる。
テレビのニュース番組を見て、七夕をやっているんだなと思うのが例年のひよりだ。ちなみに、えんは仙台七夕の会場から近い。
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