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「行く予定はありませんけど、福子さんは?」
「行かないわよ。混むもの」
ですよねと同意すれば、そうじゃなくてと福子が続ける。
「私はいいの。行くとしてもお父さんとご飯食べるついでに、ちょっと見てくるくらいだし」
「いいじゃないですか」
福子の夫は妻に散々に言われることもあるが、基本的にいい人だ。ひよりがホームレス女子大生になって今のアパートに入る際、福子と共に布団や家具を運び入れてくれた。
「そうね。いいわよね?」
「はい。一緒にご飯を食べに行くって、いいなって思います」
仲が良くなければ、一緒にご飯を食べに行かないだろう。福子のところは一人娘が東京にいて、家にいるのは夫婦だけだから気軽にご飯を食べに行けるのかもしれない。
かたやひよりの実家は祖父母と三世代同居だ。今も耕太がいる。だからか、ひよりは両親が二人きりで外出するのを見たことがない。ひよりが幼い頃、同居する祖父母にひよりたちを任せて出かけたとしても父は農協、母はスーパーへと自分の車を走らせていた。だから夫婦は家族で出かけるのでなければ、行動を共にすることはないのだろうと思っていた。
だが大学に入り、生まれも育ちも違う友人たちと話をする中で、ひよりが知っている普通がほかの人からすれば普通でないことを知った。その逆もしかりだ。
『うちのパパとママ、よくデートしてる。さすがに娘が受験の時は自粛してたみたいだけど、合格したらデート解禁。この夏は二人で北海道に二泊三日だって』
『私が一人暮らし始めてから、犬飼い始めて。お父さんに散歩任せるの不安とか言って、夫婦で犬の散歩してるらしい』
――あれ? うちの親、会話があるか怪しいような……。
友人たちが両親のラブラブっぷりに呆れたような、仲の良さを娘なりに微笑ましく思うような会話を交わす中、両親の間に会話があったか記憶を探ったひよりだ。そのかいもむなしく、ひよりの記憶に両親が会話をしている記憶はとんとなかった。
――お母さんが一方的にお父さんに何か言って、お父さんが了承して終わるだけだもんね。
おそらくそれは今も変わらないし、今後も変わることはないだろう。きっとそれが両親にとってはよいかたちなのだ。
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