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「ふふっ、楽しみー。帰りに太ちゃんに言っておくから」
「……お疲れ様です」
勤務時間を終えたからという理由だけではなく、嬉々として帰る福子に頭を下げる。これから福子と簡単な引継ぎを終えた水瀬が店に出て来る。水瀬と福子の間でどんな会話がされるのか。福子から話を聞いた水瀬に、ひよりはどんな顔をすればいいのだろう。
――一緒にご飯って、デートみたいな……。
ふとデートという言葉が思い浮かび、顔が熱くなる。
日頃、まかないとして福子が作ってくれた夕飯を水瀬と食べているから意識したことはなかった。それなのに外にご飯を食べに行くとなった瞬間、デートとして意識してしまう。
――いやいや、ただの慰労。まかないが急遽、外食になっただけ。
そう言い聞かせてみるも、デートという言葉がちらつく。雑念を払うべく、仕事に集中する。まだ遅めの昼食を求めてやってくるお客さんがおり、その対応をしていればデートという言葉も薄れていく。
だがそれも短い間で、水瀬が姿を現せば再びデートという単語が思い浮かぶ。心の準備ができていないと思いつつ、平常心を装って黙礼する。
「大丈夫ですか」
「え?」
「顔が赤いので。熱中症かと」
店内にお客さんがいることを考慮し、水瀬が声を潜める。だが声を潜めるということは、近づかないと会話できないということだ。水瀬との距離が近くなると、自然とひよりの顔が熱くなる。
「大丈夫です」
原因は水瀬だとは言えないし、熱中症でもない。
熱中症対策は福子がしっかりしており、まず出勤したら一杯の水分を取る。空調が効いた店内では喉が渇いたことに気づきにくいため、こまめに水分を取るようにとしつこいくらい言われている。
『ひよりちゃんは家に帰ったら必ず、一杯水分を取ること。万が一のことがあっても翌朝、私に発見される太ちゃんと違って、ひよりちゃんは発見が遅れるんだからね。太ちゃん? 太ちゃんは、私にパンツ一丁で倒れているところを発見されるだけよ』
福子に鼻で笑われた水瀬は顔をしかめていたが、自分を「オムツをしていた頃から知っている」福子が相手では太刀打ちできないと思ったようで反論するのは諦めていた。
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