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「いらっしゃいませ」
お客さんだと思い声を掛ければ、勤務を終えた福子だ。眉をひそめていることから何事かと思うものの、ちょうどイートインしていたお客さんが帰るところだ。水瀬がレジで対応し、ひよりは片付けに向かう最中で福子に話しかけることはできない。
「ありがとうございました」
お客さんが店から出ると、福子はつかつかとレジにいる水瀬に向かっていく気配を感じる。
「太ちゃん、今、電柱の陰からえんをうかがってる男がいたのよ」
「男」
「男。ひよりちゃんの知り合い?」
福子に話しかけられ、ひよりは片づけをする手を止めて福子を振り返る。
「え……どんな人ですか?」
まさかと思う。ひよりが思い当たるのは耕太一人だ。捕まった腹いせで、耕太がやって来たのかと身構える。
「筋肉質で短髪の黒髪。うちに何か用ですかって声掛けたら、走って逃げたの」
「身長はどれくらいでした?」
「うーん、雪ちゃんほど大きくなかったわね。太ちゃんと同じくらいかちょっと大きいくらい」
「心当たりはないですね」
耕太ではなさそうなことに、ほっと胸をなでおろす。耕太は水瀬より小さい。一六五センチのひよりと同じくらいだ。
「じゃあ何? 一方的なひよりちゃんのストーカー?」
「え……? ストーカーされる覚えがないんですけど」
「一方的に恋心を募らせたのよ」
「いやいや、そんな……。わたしがここで働いているのを知っている人、少ないですよ。それにペラペラ喋る人達じゃないし」
「どこかでひよりちゃんを見かけて、一目ぼれしたのよ。それで後をつけた」
福子の言葉に、店内がしんと静かになる。
ひよりにはストーカーされる覚えはないし、一目ぼれされる容姿でもない。以前えんに来店した売り出し中の女優・希かなのような美人でもなく、ごく普通の平凡な人間だ。しいて特徴をあげるなら、家出をしてホームレスになりかけた過去がある。そういう人間をストーカーするだろうか。
「僕です」
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