かつおと昆布は余りもの?

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 噂は広まるのが早い。  福子がえんをのぞき見していた男を見た翌日、近隣ではすでに不審者情報が伝わっていたようだ。店に福子の顔見知りが訪れては「大丈夫だったの?」なんて話しかけられたり、不審者情報を共有したりしていた。ここでも福子の顔の広さを改めて知ったひよりだ。  昨夜、ひよりは一人暮らしのアパートに帰るのではなく、えんの近くにある福子の家に身を寄せた。徒歩十五分程にも関わらず、夜だからという理由で福子の夫が仕事帰りに迎えに来てくれた。そして朝は福子と共に出勤し、開店時間から働いている。  一方の水瀬は昨晩、中館と共に過ごしたようだ。ひよりたちが来た時、すでに中館の姿はなかった。  そのため不審者情報が出回っているのは、中館が早々に手を打ってくれた結果だと思った。仮に水瀬に弱みを握られていたとしても、自分の仕事を増やされるのが面倒だからというのが理由であっても構わない。  大事なのは、被害に遭う人が出ないことだ。  だからなんだかんだ言っても、中館は水瀬を心配してきてくれたのだろう。中館は基本的に面倒見のいい人なのだ。  ――だから亜咲さんとうまくいってほしいんだけど。  今朝は水瀬も福子も、どこかに電話をかけたり忙しそうにしていたので、中館と亜咲のその後については聞けずじまいでいる。 「こんにちは」 「いらっしゃいませ」  声を掛けられて我に戻れば、目の前にいるのは由梨だ。ちょうど田辺医院の昼休みの時間帯であり、今日も息抜きに来てくれたのだろう。 「昨日、不審者いたんだって?」  他のお客さんがいることを考慮して、由梨が声を潜める。 「不審者というか、電柱の陰からえんの様子をうかがっている人が」 「それ不審者でしょ。この前、うちの病院の前にもいたんだよね。隣のビルの陰から、病院の様子をうかがっている男」 「えっ……」  思いがけぬ告白に、ひよりは息をのむ。ひよりが知らないだけで、この界隈は不審者が多発していたのか。 「警察に通報したんですか?」 「してないわよ。先生のところのお兄ちゃんが声を掛けたら『何でもないです』って走って逃げたって。それ以来、私たちも気を付けて見ているけど不審な人物は見ないし」  先生のところのお兄ちゃんというのは、田辺医院の長男だろう。次男はえんの常連でもある琉斗と同級生で、同じサッカー部でもある。長男はひよりと同じ大学に通っていたはずだ。
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