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「目が…」
掠れた声で兄が呟く。
「目?」
もう一度窓へ顔を向けた。何も見えぬ暗闇の中、二つの赤い目がこちらを見つめていた。
総毛立ち、恐怖に腰が抜けてしまった。へたりと座り込む自分の手を、兄は力任せに引っ張った。
「なにぼさっとしてるんだ。逃げるぞ」
しかし足に力が入らず立ち上がれない。
「お兄ちゃん、立てないよぉ」
半べそをかきながら、兄の手に縋る。
「くそ」
兄は毒づきながらも、自分の前に背を向けてかがんだ。
「負ぶるからのれ」
ぎこちなく手足を動かし、兄の背にのる。兄はよろけながらも立ち上がった。
「落ちるなよ」
兄が駆けだそうとした時、背後から女の声が聞こえた。
『嵂』
その声が聞こえた途端兄は脱兎の如く逃げ出した。火事場の馬鹿力か、兄は一度も止まることなく竹林の外まで走り続けた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
竹林の外まで逃げ出せた兄は自分を下ろすとへたり込み、荒い呼吸を繰り返した。兄は苦しそうに呼吸をしながら、血走った目をこちらに向けてきた。
「なんで…お前の名前を知っている?」
そんな事、こちらが知りたい。
先ほどの恐怖と兄が今にも倒れそうな不安で、「わかんないよ」と泣きじゃくった。
その後の記憶は朧気だ。結局兄はその後高熱が続き、幾日も寝込んだ事は覚えている。ただ、両親や周りの大人に何と言われのか、大人達に竹林での出来事を話したのか、その辺りは記憶に残っていない。
*
「なぜ今頃、あの時の夢を見るようになったんだ…」
草木も寝静まった夜半、清泉は暗闇の中一人呟いた。
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