プロローグ

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プロローグ

 熱い陽射しが照りつける昼下がり、ここだけは季節が狂ったように薄ら寒い。頭上では風に吹かれた青竹が音を立ててしなっている。  怖い。早くここから引き返したい。しかし前を行く兄はどんどん先へ行ってしまう。 「お兄ちゃん」  兄の背中が見えなくなりそうで、堪らずその後ろ姿に呼び掛けた。兄はすぐに立ち止まり、こちらを振り返る。思ったよりも弟との間に距離があったようで、兄はこちらへ戻ってきた。 「遅いぞ」  ムスッとした言い方だが、それでも手を握ってくれる。 「お兄ちゃん、やっぱりやめよう。お父さんに怒られちゃうよ」  そう訴えるが、兄は歩みを止めようとはしない。 「お前も真神(まがみ)家の男なら、これぐらいで怖がるな」  兄はそれだけ言うと、後は黙々と歩き続ける。ここに置いてかれても困るので、兄の手をぎゅっと掴み、自分もそれに従うしかなかった。  父の一族は先祖代々祓い屋を家業としていた。山に近い田舎ではあったが大きな屋敷を持ち、多くの祓い人を抱えていた。屋敷周辺には祓い人が持つ式の妖し以外は入れぬよう結界を張ってあり、屋敷の敷地内では安心して幼い自分と兄も遊ぶことができた。  しかし屋敷の裏手にある青竹の林だけは決して足を踏み入れてはいけぬ、禁足地となっていた。そこに入る事ができるのは唯一、当主である父だけだった。父は時折竹林に足を踏み入れる事があったが、この竹林から出てくると青い顔しており、真夏でも肌は氷のように冷たくなっていた。幼心に心配して父に尋ねても、「大丈夫だ」と素っ気なく返ってくるばかりだった。  裏手の竹林に何があるのか。気にはなっていたが、親に怒られるのも竹林に潜む得体の知れぬモノも怖く、自ら足を踏み入れてみようと思った事はなかった。しかし、兄は違った。
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