三 遺産の行方

1/2
前へ
/27ページ
次へ

三 遺産の行方

「これより柳原惣兵衛氏の遺産についてお話をさせていただきます。まずは参加の皆様を確認します、ええと」 西村は紙を読み上げた。 「奥様のイクさん。それと惣兵衛氏の弟である新兵衛様ご夫婦。そしてここからお子さんですが、長男の柳原億夫さん。長女の柳原一代さん」 軽く頷く本家の彼らは上座に座っていた。西村はすこし向きを変えて再び読み上げた。 「そして。次女の伊藤千代子さん、現在は結婚されて佐伯千代子さん。そして夫の是清さん」 「ねえ、どうしたあんたがいるのよ!」 「一代。止めなさい」 母親が止める中、一代は千代子を指した。 「是清さんはその女に騙されているのよ。妻は私なのに!」 「一代。妨害するなら出て行ってもらうぞ」 億夫の言葉に一代は悔しさのまま正座した。西村は続けた。 「……そして。まだいます。愛人である別宅のシズ様との間のお子さん、二男になる百助さん」 まだ幼さが見える少年は千代子の隣。学生姿で静かに座っていた。母親は欠席という事だった。 「他にも愛人関係の女性がいますが、現在妊娠中です。彼女に関して本人の希望で委任状をもらっています、では、遺言書を開封します」 西村の動きを本家の人間はじっとみていた。是清は目をつむり、千代子は隣に座る百助を気にしていた。 ……私よりも、この子の方が不安でしょうね…… 初めて会った異母弟を気にしていた千代子の耳に、西村の話が読経のように入って来た。 「私、柳原惣兵衛はここに遺言を記す。一つ、日本橋の土地と母屋は長男、億夫の物とする。一つ、質屋の経営については長女一代が後継者となるが番頭の池森太郎を婿にすることを条件とし、代表も池森太郎とする」 「なんですって! 「一代、静かに」 「万が一、一代が婚姻の意思が無い場合、経営は池森太郎に譲渡し一代の権利は無しとする。また池森氏が一代との婚姻を拒否し、他の女性と結婚する場合でも、池森氏を代表とし、一代の権利を無しとする」 この席に呼ばれて座っていた番頭の池森は驚き、うつむいていたが本妻がかみついた。 「先生、あの私は?」 西村は悲し気な目で彼女に答えた。 「……一つ、我が資金について。二分の一を億夫とする。残りの二分の一を一代、千代子、百助、そして現在妊娠中である子供の四人に分けるとする」 「先生、私は?本妻の私にはないも無いのですか?」 「そうですよ。弟の私にも何もないとは」 「……皆様、これは本物です。惣兵衛氏が異国に行かれる前に新しいものを書いたのでこれは最新になります、そして」 西村はちらと是清を見た。 「一つ、浅草の伝法院通りの土地を佐伯是清氏に譲る。一つ、わが骨董品については別紙のとおり。ではここから惣兵衛さんの骨とう品についてお話をします」 イクと一代が睨む中、西村は大汗で書類を広げた。 「みなさんはご存じかと思いますが、惣兵衛氏は高価な骨董品を多く所有しています。それらをみなさんでお分けすることになりますが、惣兵衛氏はここでみなさんに試験をしてそれで受け取るものを決めると遺書に残しています」 「試験ですって」 「どういうことよ。私は長女よ。優先されるべきでしょう」 「冷静にお願いします。すべては亡き惣兵衛氏の意思です。ええと」 ここで西村は袋を取り出し、中からそれを取り出した。 「これは惣兵衛氏から預かったものです。こちらをご覧ください」 彼は丁寧に並べた。美しい刀のつばを一枚、二枚と並べる手は、最後の五枚を置いた。思わず一代と正妻はこれを間近で見た。 「これらをみなさんでお一つ選んでいただきます。ですが最後に余ったのが、委任状の女性のお子さんになります」 「これを?お母さん、どれが価値があるの」 「……億夫さん。億夫さんならわかるでしょう」 「西村さん。これはすぐに決めなければならないのですか」 「はい。今日の日没までに決定となります。選べなかった人は無効です」 「そんな……調べる時間がないじゃない」 「そうだわ。池森!ちょっと来なさい」 質屋の番頭は目利きである。一代は彼に迫った。 「お前が選びなさい!一番価値のあるものよ」 「……あの弁護士さん。私が助言して問題ないのですか」 冷静な池森の話に西村は書類を確認した。 「はい。この書類を作る際、私はそれを確認しましたが、惣兵衛氏は『専門家に頼るのも良し』と言っていました」 「池森。俺に教えるんだ。一代は自分で選べ」 「兄さんは家も土地ももらえるからいいじゃない!私なんか何もないのよ」 「池森と結婚すれば店がもらえるんだ。お前には十分だ」 「億夫さん。私はどうなるのですか?こんなに尽くしたのに!」 喧嘩になったこの席、是清は千代子に別室に移動しようと背を押した。 「はい。あの。一緒に隣の部屋に行きましょう」 「はい」 百助を誘った千代子は、本家の人間がいない静かな部屋でほっとしていた。 「そうだ。百助君といったね。お母さんはどうしたんだい」 是清の問いに彼は小さく話した。 「母は、本家の人に逢うのが怖いと言って。僕が来ました」 「そう。大変だったわね」 優しい千代子に百助は少しほっとした顔を見せた。 「あのね。私はあなたの異母姉になるの。千代子と言います」 「お父さんから、神楽坂にお姉さんがいるって聞いていました。ええと」 「あ。俺か。俺は千代子の夫だ。佐伯是清と言う。よろしく」 気さくに握手した是清に、百助は顔をやわらげた。そんな百助は手洗いに行った。 千代子は是清と相談した。 「私と百助君はあの中から、選ばないといけないのね」 「千代子。良いか。この試験は『あの刀のつばを選べ』と言っているが、あの『つばをやる』とは言っていないと思わないか」 「あ」 「惣兵衛氏は俺とお前と結婚させるなど、どこか悪戯的な考えの人だった。そこを踏まえて選ばねばなるまい」 「確かに、そうですね」 ここで百助が戻って来た。是清は千代子を連れて刀のつばを見に大広間に戻った。 「今ごろ来てももう遅いわよ」 「お前達はこの中から選びなさい」 千代子はすっとみると池森がそっと目を伏せた。そんな中、億夫も話した。 「我々はもう選んだ。残りの三つから好きなものを選ぶがよい」 「百助君、どうする?」 「僕はこれにします」 彼はまっすぐ選んだ。迷いがない様子から、彼なりの考えがあるのだと千代子は思った。 「では。最後に千代子さん、あなたは残りから選んで下さい」 「千代子。大丈夫か」 「ええ。是清さん」 ……私の考えに間違いが無ければ。きっと…… 「私は、これにします」 千代子が選んだものに、一同はびっくりした。 「千代子、それは」 「お父様は『この中』から、といいましたよね。だから私はこれにします」 千代子が選んだのは、つばを入れていた紫色の袋だった。 つづく
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3994人が本棚に入れています
本棚に追加