第八章 それぞれの思い

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 コーヒーをテーブルに置いて、伊月の隣に座る。  それとほぼ同時に、伊月がこちらを見上げながら切り出した。 「私から話してもいいですか?」 「どうぞ」 「……すごく、わがままを言うけど、いいですか?」  あまり聞いたことのない、甘えと不安の入り混じる声。  きっと伊月は俺以上に、今日の話の行方が見えていない状態なんだろう。 「お前のわがままなんていつものことだろ」  伊月は俺の返事を聞くと、カップを手にとってコーヒーを一口飲んだ。  それをまたテーブルに戻し、ソファの上に膝を抱える。 「私、理雄先輩が好きです。叶うならこの先もずっと先輩の隣にいたい。でも、その気持ちは恋愛感情として定義できるものじゃない。キスとか、それ以上とか、ない関係のままでいたい。先輩ならいいと思わなくもないけど……でも、避けられるなら避けたい」  思い詰めたような顔で話す伊月の横顔を見つめながら、俺は黙って耳を傾け続けた。 「友人たちはソフレに肯定的ではなかったし、仲間だと思ってた優子さんも結局恋愛に幸せを感じていて……。きっとみんなから見たら、私もこのまま恋愛に踏み出すのが一番自然に見えるんだろうし、腑に落ちやすいんだと思う。でも私が求めているものはそうじゃない。先輩との今の関係が本当に大切で、ずっとずっとほしかったもので、失ったら二度と手に入らない気がして……」  伊月は両膝をきつく抱きしめて、声に切実さを滲ませていく。 「壊したくない。キスに意味がないのなら、意味がないままでいてほしい。ずっとそのままでいい。恋愛感情なんていらない。私はただ、信頼できる理雄先輩と、この先ずっと、誰よりも近しい存在として一緒に居続けたいんです」  伊月らしいその答えに、俺はどこかホッとしていた。  一方で、これから告げなければいけないことを伊月がどう受け止めるのか、考えて気まずい気持ちになる。  でもここで答えを変えて、繕って、それで続けることを是とするのなら、そもそも悩む必要なんてなかった。  俺は意を決して口を開いた。 「そうか。それじゃ結論は分かれたんだな」 「え……」
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