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おわん型の展示館は込み合っていて、チケットを持っていても整理券が必要なほどだった。がっかりするほどじゃなかったですよ、と、帰ったらユンさんに教えよう。
待ち時間は一時間と少し。そのあいだに店を見て回ることにした。
食料品や雑貨、服飾品といった、土産物店にありがちなラインナップをきみはじっくり見ていく。僕は食べ物コーナーには寄らず、文房具やアクセサリーがまとめられているところを見ることにした。
「これ、どう思う」
青っぽい飾りがついたバレッタをつまんできみに見せる。手書きの商品説明がぷらりと揺れた。
「うーん? 派手すぎないし、大人っぽい感じがして、使いやすそうだね」
髪に当ててみたら? と手伝おうとするのを押し止める。僕では、髪の長さがそもそも足りないのだけど。
「違う違う、僕じゃなくて、ユリクトに」
「ええっ!」
「え?」
「じゃあ違うよ、もっとなんていうか」
きみが手に取ったのは僕が選んだものと同じくらいの大きさの飾りだった。バネ式の金具ではなく、クリップ式の金具で付けるもののようだ。様々な濃さの青色でできた丸い飾りが連なっていて、花か泡のように見える。
「そういう感じか」
「そ、ユリクトちゃんにはこういう感じ」
きみは満足げな様子で、僕にその飾りを握らせたのだった。
買い物を終えて、飲食店が集中している方へ移動する。
昼食には少し早い時間だったけれど、ここで逃すといつ食べられるか分からない。比較的空いているところを、と選んだのは、お手頃価格の海鮮丼店だった。
きみは海鮮丼を、僕は小さな貝の入った味噌汁を注文していた。地域差なのか、味噌の味が少し風変わりなものに感じる。
「エギナル、それだけじゃ足りなくない?」
「とは言ってもさ。軽く食べられるものって、なかなかなくて」
「そっか。ううーん、盲点だったね……」
定食がおすすめされているけれど、量を考えるとどうやっても食べきれない。
つらつらとメニュー表を眺めていると、きみが小さく「あ」と声を上げた。
「え? 何かした―」
見れば近くのテーブルを拭いている店員の人を凝視している。店員も視線に気付いたのか、こちらを振り向いた。
「あれ! 久し振りじゃん! なんでいるの?」
「なんでってそれはこっちのせりふだよ!」
きみが珍しく慌てた声を出すので、驚いた。店員は―
「おっ、そっちのキミはエギナル君だっけ? でかくなったね! あたし、覚えてる?」
近付いてきた顔は、きみとそっくりな女性のものだ。
久し振り? どこかで会っただろうか。
「―……あ、お姉さん、ですか?」
一度だけ、夏祭りで会ったきみの従妹だ。酒豪(恐らく)の。
お姉さんはここの店のエプロンを付けていた。ということは、ここの従業員なんだろうか。
「あたしはあたしで店を持ってて、んでたまにこっちの手伝い頼まれんの。あれ? あれ目当て? 見に来たの?」
「ええ、まぁ」
「なるほどねぇ。てーか何食べてるの? ……あんたはまた良く食べるねぇ。エギナル君は……」
「あー……軽めのものってどれですかね」
軽食? と首を傾げたお姉さんに、僕は「胃に負担がかからないものを」と訂正を入れる。
「なーるほどね。待ってな、聞いてくるから……じゃあ来てもらったほうが早いかな」
手招きするお姉さんを見、きみは反対方向を指差して立ち上がる。
「あっちのデザート、見てくるね」
「分かっ……た、よ」
すっかり姿を消してしまった海鮮丼の器をちらと見て、会計カウンターへ向かう。さっき見ていたものと同じメニュー表と、数枚のぺらぺらしたカードを差し出された。
「数量限定で海鮮スープライスってのがあるのね。これにしとく?」
「お願いします。少なめで」
はいよ、とお姉さんは威勢の良い返事をして会計に移る。
「……にしてもあの子、よく食べるよ。向こうのお店のアイスケーキ、けっこう大きいんだよ?」
「はは……」
「で、あの子はあの子で、キミはキミだ。食が細いんだね」
「まぁ……そんな感じです。好みが偏ってると言いますか」
「あーあぁ。あん時も食べてなかったもんな、屋台飯」
ガキは皆屋台飯が好きなもんだと思ったけど、とお姉さんは笑う。
「でも問題なし! うちのメニューは、野菜嫌いでも魚嫌いでも肉嫌いでも、誰だってほっぺた落ちちゃうからね!」
「はぁ……」
「―エギナル君は、食べるの、嫌いかい。もしかして」
「…………」
好き嫌いで言ったものかどうか、悩んで黙り込むと、お姉さんは苦笑したようだった。
「ごめん、困らせるつもりなかったや。いいんだよ、好き嫌いがあったってなくたって、食べなきゃなんないのは変わらないんだし」
「……すみません、なんか」
「いーのいーの。……あたしもあの子も、食べるのが好きなのはおんなじでさ。好物が似てるのは……うちのじーさんの影響かな」
「ええと、一緒に暮らしてたんですっけ」
確かに、小さい頃に同じものを食べていれば、食の好みは似てきそうだ。
「そっ。あの子、ちっちゃいときからよく食べるのね。……あたしさ、不思議でさぁ。飛ぶんなら身体は軽い方が良いでしょ? なのにすごい食べるから」
「……ええ」
「年頃らしいダイエットとか、そういうのも言い出さなかったし。おばさん……あの子の母親のことがあってからも変わんなかった」
ちょっと嬉しくて安心だよね、とお姉さんはにっこりする。笑ったときの目のかたちがきみとよく似ていた。
「ま、ひとが一人でしゃんと立つには、美味しいご飯も必要だからね。自分で自分を支える土台が身体なら、その土台を作るのが食べものでしょ。あの子も―元気に美味しく食べられてる限り、大丈夫」
「その考えだと、僕、ダメダメですけど」
「キミには食べる以外の自分の支柱があったってことだよ。なんにでも向き不向きがあるし、あたしの答えがキミの答えとおんなじだったらつまんないじゃない」
「生命維持活動に向き不向き、ですか……」
「揚げ足取られてもねぇ。あるでしょ、向き不向き。食欲以外の三大欲求だって人によって強さは違うんだし。何にせよ、強要は良くないでしょ? 親切のつもりがありがた迷惑になっちゃうよ」
お姉さんが上げた視線を追いかけると、吟味し終わったきみがゆっくりもどってくるところだった。片手にビニール袋を提げて、両手でうす水色の包みをささげるように持っている。
「見て! このクレープ、ケーキが二種類も入ってる! 味見する?」
「遠慮しとくよ……」
げんなりした僕と、宝物を見つけた子供みたいなきみとを見比べて、とうとうお姉さんは吹き出した。
「っははは、あー、やっぱあんたら面白い! 良いじゃん良いじゃん、好きなだけ食べな。しゃんと立って―仲良いやつらと一緒に食べるご飯が、いっちゃん美味しいもんだ」
「おねーさんなんで笑ったの……?」
「っふふ、なんでも。ね、あんた、良い友達持ったね」
「エギナルのこと?」
首をかしげたきみと自分を指差した僕を見て、またお姉さんは腹を抱えて笑う。箸が転がっただけでも笑いこけそうな勢いだ。
「そうだよ。あのねぇ、大人になったら、友達作るのも大変なんだから。今のうちだよ? エギナル君も、ありがとね」
笑い涙を拭いながら、お姉さんはレシートを渡してくる。
友達、とは、何の疑いもない言葉選びだったけれど。
僕はなんとなく、推し量るのと土足で踏み入るのとの違いを知っている大人の言葉だと、そう思った。
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