―生霊探し―

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 後ろ手に手錠を掛けられて、リビングへと向かった。先程まで感じていた悪臭は消えて食事の良い香りが漂っている。小さなテーブルには、サンドイッチとステーキ、それからスープが用意されていた。コップには水が入れられストローがさしてある。 「ステーキの肉は俺が焼いたんだ。」 「そ……そうなの」 「毒なんて入ってないからそんなに警戒しないで。俺が口に入れてあげるからね?」  三上に促されるままテーブルの前に座る。 「いただきます」  三上は嬉しそうに言った。 「この家で誰かと一緒に食事をするのは立花が初めてだ」 「……いただきます」  藍も小さな声で挨拶をすると三上は満足そうに頷いて夕ご飯を開始した。藍はすぐにストローに口をつけて水を飲んだ。口内が水分で満たされ、食道を通っていくと、生き返ったような気持ちになる。 「喉乾いていたの? ごめんね。飲み物をあげられなくて」  三上は言った通り藍の食事を甲斐甲斐しく「あーん」と毎度言いながら口に運び藍も大人しく従った。 「食後にケーキがあるんだ。俺の誕生日を祝ってほしい」 「……今日誕生日なの?」 「いや、明日だけど、明日は迎えられない」 「どうして?」 「俺はもう一般人として生きられない。犯罪者になってしまったから」 「それって……私にしたことで逮捕されるからってこと? 私のことなら黙っておくから大丈夫。ちゃんと解放してくれれば……」 「違う。立花のことじゃない」  藍は息を呑んだ。 「じゃあ……他に何をしたの?」 「それは、君の口を塞いでから教えてあげる」  三上は悲しそうな顔をして下を向いたが、意を決したように藍を見つめた。 「中学一年生の時、俺は陸上大会で立花に出会った」  藍は咀嚼しながら大人しく話を聞いた。 「あの時、立花は誰よりも輝いて光を放っていた。それから、陸上大会の度に立花を探して目で追ったんだ。名前を知って、後をつけて住居を知った。このマンション。隣の家に住めたのは偶然だったが。俺はここに引っ越してからベランダに監視カメラを仕掛けて、立花の部屋に盗聴器を仕掛けて見張っていたんだ」 「えっ……? どっ……どういうこと! そんな……」  藍が思わず大声を出すと三上が口を手で塞いだ。そのままゆっくりと床に押し倒されて三上が馬乗りになる。 「騒いだらどうするって言ったかな? あ、ごめんね。まだ、どうするか言ってなかったね」 「ご……ごめんなさい」  三上は馬乗りになり、口を塞いだまま話し続けた。 「それから、俺は学校で立花と同じクラスになれて幸せだった。自己紹介の時に俺のことを見つめてくれたよね? 何度も一緒に帰ったし、立花は俺のことをじっと見つめていたよね。それからも俺の家に無防備に上がったり心配してくれたり……俺は思ったんだ。立花が俺を好きなんじゃないかっ……てね」  藍は目を見開いた。そんなふうに思われていたなんて。 「ねぇ、どうだったの? 俺のこと、気になってたの? 好きだったの?」  ゆっくりと三上が手を離す。ここで嘘を伝えるべきか事実を伝えるべきか躊躇したが、返事に悩んでいるとそれが答えになってしまった。  「そういう対象ではなかったんだね?」 「み……三上君を見ていたのは……。私が頭がおかしいと思われるかもしれないけど……三上君に生霊が取り憑いているのが見えたの」 「……ん? 生霊って……」 「生霊と言っても三上君自身の生霊が黒い靄に包まれた中に背中にピタリとくっついているの。今もいるよ。今は黒い靄しか見えないけど……」  藍は三上の背中にはピタリと取り憑く黒い靄を顎で指した。三上は後ろを確認するが見えるはずも無い。三上は口をポカンと開けて藍を見た。一度打ち明けてしまうと堰を切ったように隠していた言葉が溢れ出した。 「これまで、生霊が視えることは誰にも話したことが無かったから話したのは三上君が初めて。小さい頃から視えていて、今までに五人の生霊を視たことがあるの。三上君の生霊に初めに気付いたのは自己紹介の時。三上君の生霊は、私を睨んでた。怒ってた。だから余計に気になったの。それから家が近いことを知ってから増々、三上君の背後の生霊が気になった。怖いと思ったこともあった。でもね……何で生霊が取り憑いているのか心配だったの」 「だから……? だから、俺のことを心配してたのか?」 「そう……」 「それで、好きなのはあの男なんだ?」 「えっ……」   三上は藍の口にタオルを詰め込むと、再び粘着テープで口をとめた。藍は暴力を振るわれるのを恐れて無言で従った。 「あいつな、朝からマンションの前で立花を待ってたよな。二人で相合傘をして駅に向かうところも見たよ。あいつは立花と別れた後……」
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