第3話

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 明らかに面白がっている親友からの提案に、俺はすぐさま「やだよ」と返した。 「絶対イヤだ。冗談じゃねぇ」 「なんでだよ。漫画とか映画では定番だろ。『階段から転がりおちたら、元の世界に戻っていました』って」  いや、それフィクションだし。それこそ、漫画や映画でしか聞いたことねーし。 「つーか失敗したらどうすんだよ。大惨事だろうが」  今のお前よりひどい怪我を負うかもしれねーんだぞ。しかも「元の世界」どころか「あの世」に飛ばされるかもしれないリスク付き。  そんなの簡単に試してたまるか! 「チッ、つまんねーな」  こら、舌打ちするな! 「じゃあ、『階段落ち』は最後の手段として……」  八尾は、不満そうながらもメモアプリに素早く文字を打ち込んだ。 「次にやること……『こっちのお前の動向を探る』」  え、こっちの俺? 「なんでだよ、それって意味あるのか?」 「あるだろ。あいつは、お前と入れ替わりでいなくなったんだぞ」  メモアプリに「入れ替わり」の5文字が入力される。その文字を、八尾は「見ろ」とばかりに拡大した。 「さっき、お前は『昼休み以降の記憶がない』『その間に何かあったかも』って言ってたよな?」 「ああ」 「その『何かあったかも』のおおよその時間をさ、特定できるかもしれねーんだよ。こっちのお前の動向がわかると」  うん? どういうこと? 「たとえばだけどよ、お前がこっちに来る前日──こっちのお前が、夜寝るまでふつうに生活していたとしたら? で、寝た時間が夜中の0時だったとしたら? 少なくとも日付が変わるまで、お前はこっちの世界にいなかったってことだろうが」 「……あ!」  そうか、たしかに! 0時まで「こっちの俺」が確実にこっちの世界にいたとしたら、俺たちが入れ替わったのはその後──「0時以降」ってことになるのか。 「な? そんな感じで時間を特定できれば、何か手掛かりが見つかるかもしれねーだろ。お前だって『昼休み以降を思い出せ』と『0時以降を思い出せ』だと、大変さも違うだろうし」 「……たしかに」  言われてみればそのとおりだ。  すげーな、こっちの八尾。見た目はめちゃくちゃ派手なのに、頭いいし、頼りになるじゃん! 「けど、それってどうやって探るんだ?」 「そこは俺に任せておけ。いろんなヤツらに探りを入れてやっから」 「マジで? じゃあ、頼んだ!」 「ただ、やっぱりお前の証言が重要だからよ。お前はお前で、思い出す努力をしてくれよ」 「わかった、やってみる」  これでちょっとだけ希望が見えてきた。なんとしても手がかりを見つけださないとな。  俺は「元いた世界」に戻りたいし、こっちの世界の俺もきっと同じことを考えているに違いない。  なにより青野だ。こっちの俺さえ戻ってくれば、あいつは、また「俺」と付き合えるかもしれないんだ。  とはいえ、青野がまだ俺のことを好きっぽいって感じたのは1週間前の話だ。今はもう他に好きな子ができたかもしれねーけど。 (たとえば、ナナセ……とか)  そのとたん、胸がズンと重くなった。  くそ、まただ。なんで俺、ナナセと青野のことでいちいちどんよりしちまうんだろう。  本当なら喜ぶべきところだろ? あっちの青野とナナセはお似合いだったんだ。こっちのあいつらも、案外いいカップルになるかもしれないじゃん。  それに、こっちの俺は「尻軽クソビッチ」だ。元サヤにおさまっても、青野が幸せになれるとは限らない。むしろ新たなストレスと不幸のはじまりかも。  その点、ナナセのほうが「いい恋人」になれる可能性が── 「あとさ、実はもうひとつ気になっていることがあって」  八尾の言葉で、我に返った。  そうだ、今はどうすれば俺が元の世界に戻れるか、八尾と探っているところじゃねーか。青野やナナセのことを考えている場合じゃねぇ。 「なんだよ、『気になってること』って」 「んーあのさ、なんつーか」  八尾は、言葉を濁しながらも新たなメモ画面を呼び出した。 「これは、ほんっとただの思いつきだから、話半分くらいで聞いてほしいんだけど」 「おう、なんだ?」 「お前がこっちに来た前日ってさ、満月なんだよな」
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