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明らかに面白がっている親友からの提案に、俺はすぐさま「やだよ」と返した。
「絶対イヤだ。冗談じゃねぇ」
「なんでだよ。漫画とか映画では定番だろ。『階段から転がりおちたら、元の世界に戻っていました』って」
いや、それフィクションだし。それこそ、漫画や映画でしか聞いたことねーし。
「つーか失敗したらどうすんだよ。大惨事だろうが」
今のお前よりひどい怪我を負うかもしれねーんだぞ。しかも「元の世界」どころか「あの世」に飛ばされるかもしれないリスク付き。
そんなの簡単に試してたまるか!
「チッ、つまんねーな」
こら、舌打ちするな!
「じゃあ、『階段落ち』は最後の手段として……」
八尾は、不満そうながらもメモアプリに素早く文字を打ち込んだ。
「次にやること……『こっちのお前の動向を探る』」
え、こっちの俺?
「なんでだよ、それって意味あるのか?」
「あるだろ。あいつは、お前と入れ替わりでいなくなったんだぞ」
メモアプリに「入れ替わり」の5文字が入力される。その文字を、八尾は「見ろ」とばかりに拡大した。
「さっき、お前は『昼休み以降の記憶がない』『その間に何かあったかも』って言ってたよな?」
「ああ」
「その『何かあったかも』のおおよその時間をさ、特定できるかもしれねーんだよ。こっちのお前の動向がわかると」
うん? どういうこと?
「たとえばだけどよ、お前がこっちに来る前日──こっちのお前が、夜寝るまでふつうに生活していたとしたら? で、寝た時間が夜中の0時だったとしたら? 少なくとも日付が変わるまで、お前はこっちの世界にいなかったってことだろうが」
「……あ!」
そうか、たしかに! 0時まで「こっちの俺」が確実にこっちの世界にいたとしたら、俺たちが入れ替わったのはその後──「0時以降」ってことになるのか。
「な? そんな感じで時間を特定できれば、何か手掛かりが見つかるかもしれねーだろ。お前だって『昼休み以降を思い出せ』と『0時以降を思い出せ』だと、大変さも違うだろうし」
「……たしかに」
言われてみればそのとおりだ。
すげーな、こっちの八尾。見た目はめちゃくちゃ派手なのに、頭いいし、頼りになるじゃん!
「けど、それってどうやって探るんだ?」
「そこは俺に任せておけ。いろんなヤツらに探りを入れてやっから」
「マジで? じゃあ、頼んだ!」
「ただ、やっぱりお前の証言が重要だからよ。お前はお前で、思い出す努力をしてくれよ」
「わかった、やってみる」
これでちょっとだけ希望が見えてきた。なんとしても手がかりを見つけださないとな。
俺は「元いた世界」に戻りたいし、こっちの世界の俺もきっと同じことを考えているに違いない。
なにより青野だ。こっちの俺さえ戻ってくれば、あいつは、また「俺」と付き合えるかもしれないんだ。
とはいえ、青野がまだ俺のことを好きっぽいって感じたのは1週間前の話だ。今はもう他に好きな子ができたかもしれねーけど。
(たとえば、ナナセ……とか)
そのとたん、胸がズンと重くなった。
くそ、まただ。なんで俺、ナナセと青野のことでいちいちどんよりしちまうんだろう。
本当なら喜ぶべきところだろ? あっちの青野とナナセはお似合いだったんだ。こっちのあいつらも、案外いいカップルになるかもしれないじゃん。
それに、こっちの俺は「尻軽クソビッチ」だ。元サヤにおさまっても、青野が幸せになれるとは限らない。むしろ新たなストレスと不幸のはじまりかも。
その点、ナナセのほうが「いい恋人」になれる可能性が──
「あとさ、実はもうひとつ気になっていることがあって」
八尾の言葉で、我に返った。
そうだ、今はどうすれば俺が元の世界に戻れるか、八尾と探っているところじゃねーか。青野やナナセのことを考えている場合じゃねぇ。
「なんだよ、『気になってること』って」
「んーあのさ、なんつーか」
八尾は、言葉を濁しながらも新たなメモ画面を呼び出した。
「これは、ほんっとただの思いつきだから、話半分くらいで聞いてほしいんだけど」
「おう、なんだ?」
「お前がこっちに来た前日ってさ、満月なんだよな」
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