157人が本棚に入れています
本棚に追加
そんなこんなでいろいろハードな出来事があったものの、なんとか6時間目まできっちり授業を受けて、俺は家に帰ってきた。
はぁぁ……やっぱり家は落ち着くなぁ。このまま引きこもりたいくらい。
(つーか、こっちの世界の「俺」って今どこにいるんだろう)
一番考えられるのは、俺が元いた世界だよな。
つまり、俺と魂が入れ替わった、的な?
だとしたら、きっとびっくりしてるだろうな。まわりの人たち、みんな目が「黒」だし。あと、青野が「妹の彼氏」なことにも、たぶん驚いて──
「お兄ちゃん? なにボーッとしてんの」
うおっ、ナナセ登場!
いきなり顔を覗き込んでくるなよ。
「ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだけどさー」
ポテトチップスをバリバリ食べながら、ナナセは「あのさぁ」と俺の隣に腰を下ろした。
「お兄ちゃんさ、青野と何かあった?」
「へっ!?」
「あ、やっぱり。ってことは、青野を殴ったのもお兄ちゃん? なんで? また痴話ゲンカ? それともお兄ちゃんがまたわがままを言ったとか?」
待て待て、一度にいろいろ訊くな。
あと、一方的に俺を悪者にするな。
つーか、今朝からずっと気になってたんだけどさ。
「いいのか?」
「なにが?」
「その……俺と青野が付き合って」
俺がいた世界では、お前らが付き合っていたんだぞ? しかも、めちゃくちゃお似合いなカップルで、俺も兄として「いい彼氏ができてよかったな」って安心していたんだぞ?
なのに、妹は不思議そうに首を傾げるばかりだ。
「なんで? ──え、私、お兄ちゃんと青野が付き合うの反対したことあったっけ?」
「いや、そうじゃなくて!」
お前、本当は青野のことが好きなんじゃねーの?
恐る恐るそう口にすると、ナナセは「はぁっ」とすっとんきょうな声をあげた。
「私が? 青野を? 何で!?」
「いや、だって……」
「ないない無理無理! だって青野、お兄ちゃんの彼氏じゃん!」
「そ、それはいったん置いといて!」
俺が知りたいのは、お前の本心なんだ。たとえば、実は青野のことが好きなのに、俺に遠慮して気持ちを隠していたりとかさ。そういうの、俺としては心苦しいんだよ。
「だからさ、もしそうなら遠慮なく言ってほしいっていうか」
そう、これはせめてもの兄心。
なのに、ナナセは不審そうに黙り込むと、俺のおでこに手を当てやがった。
「大丈夫? お兄ちゃん」
おい、こら! 熱なんてねーよ!
「だって、お兄ちゃんらしくないっていうか……ほんとどうしたの? 何かへんなものでも食べた?」
「食べてないっての!」
つーか、なんだよ「らしくない」って!
俺、そんなおかしなこと言ってないよな?
「えっ、言ってるでしょ! どうしたの、私に気を遣うとか。いつもの『わがままプリンセス』っぷりはどこにいったの」
「へっ?」
なんだよ、それ。プリンセスって「王女」だよな?
「わがまま」云々も引っかかるけど、そこはせめて「わがままプリンス」じゃねーの?
もっともなはずの俺の指摘に、ナナセは「今更!?」とさらに目を丸くした。
「ねえ、ほんとどうしちゃったの? やっぱり熱でもあるんでしょ」
「ねーよ! 36.5度くらいだよ、たぶん!」
「でも、お兄ちゃんらしくないっていうか、わがままプリンセスらしくないっていうか」
だから『プリンス』! 俺、男!
「でも、自分で言ってたじゃん。『俺、わがままプリンセスだからー』って、歴代の彼氏彼女にさんざんわがまま言い放題でさ」
──え、待って。こっちの俺、そんなキャラクターなの?
つーか今、さらっと「歴代の彼氏・彼女」って言わなかった?
それ、よく考えると、いろいろ怖いんですけど。
半ば言葉を失っていると、ナナセが「大丈夫?」とまた顔を覗き込んできた。
「ほんと、今日のお兄ちゃんへんだよ? 青野も心配してたけどさ」
えっ、あの青野が?
言葉がキツくて、俺に対して扱いが雑すぎる「こっちの青野」が?
俺のことを心配していたの?
「そりゃするでしょ。いきなり『別世界から来た』とか言われたりしたらさ」
「あっ」
そうだ、その話!
「聞いてくれよ、ナナセ。青野は信じてくれなかったけど、俺、本当にこの世界の住人じゃなくて──」
「ハイハイ、わかってます。そんな言い訳しなくても、今更お兄ちゃんの浮気をとがめたりしないって」
「……っ」
違う、これは言い訳とかじゃなくて──!
「でもさぁ、青野も人がいいよねぇ。お兄ちゃんがどんなにしょうもない言い訳をしても、結局最後は許すんだから」
「いや、だから……」
「なんだっけ……前回の言い訳は、たしか『道案内のお礼にキスされた』で、その前は『ヤラないと出られない部屋に閉じ込められたから、仕方なくヤッちゃった』で、その前は……」
「いい……もういい……」
これ以上聞いていられなくて、俺はナナセの言葉をさえぎった。
なるほど、こっちの俺は浮気をするたびにそんな言い訳をしていたのか。そりゃ、どんなに必死に「別世界から来た」って訴えても、信じてもらえるわけがないよな。
ていうか、こっちの俺、貞操観念ゆるすぎない? これじゃ、たしかに「尻軽クソビッチ」じゃん。
めまいを覚える俺の隣で、ナナセは「あのさぁ」とため息をもらした。
「青野のこと、もっと大事にしなよ。さんざん駄々をこねて、ようやく恋人にしてもらえたんだからさ」
──へ?
「『釣った魚に餌をやらない』ってよく聞くけどさぁ。お兄ちゃん、さすがにそろそろヤバいよ? 未だ青野がお兄ちゃんと付き合えてるの、はっきりいって奇跡だからね」
「わかった?」と念押しして、ナナセはリビングを出ていった。ほぼ空っぽのポテトチップスの袋を、しっかり俺に押しつけて。
(待てよ。待ってくれ)
いったん整理させてくれ。
最初のコメントを投稿しよう!