第1話

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 そんなこんなでいろいろハードな出来事があったものの、なんとか6時間目まできっちり授業を受けて、俺は家に帰ってきた。  はぁぁ……やっぱり家は落ち着くなぁ。このまま引きこもりたいくらい。 (つーか、こっちの世界の「俺」って今どこにいるんだろう)  一番考えられるのは、俺が元いた世界だよな。  つまり、俺と魂が入れ替わった、的な?  だとしたら、きっとびっくりしてるだろうな。まわりの人たち、みんな目が「黒」だし。あと、青野が「妹の彼氏」なことにも、たぶん驚いて── 「お兄ちゃん? なにボーッとしてんの」  うおっ、ナナセ登場!  いきなり顔を覗き込んでくるなよ。 「ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだけどさー」  ポテトチップスをバリバリ食べながら、ナナセは「あのさぁ」と俺の隣に腰を下ろした。 「お兄ちゃんさ、青野と何かあった?」 「へっ!?」 「あ、やっぱり。ってことは、青野を殴ったのもお兄ちゃん? なんで? また痴話(ちわ)ゲンカ? それともお兄ちゃんがまたわがままを言ったとか?」  待て待て、一度にいろいろ訊くな。  あと、一方的に俺を悪者にするな。  つーか、今朝からずっと気になってたんだけどさ。 「いいのか?」 「なにが?」 「その……俺と青野が付き合って」  俺がいた世界では、お前らが付き合っていたんだぞ? しかも、めちゃくちゃお似合いなカップルで、俺も兄として「いい彼氏ができてよかったな」って安心していたんだぞ?  なのに、妹は不思議そうに首を傾げるばかりだ。 「なんで? ──え、私、お兄ちゃんと青野が付き合うの反対したことあったっけ?」 「いや、そうじゃなくて!」  お前、本当は青野のことが好きなんじゃねーの?  恐る恐るそう口にすると、ナナセは「はぁっ」とすっとんきょうな声をあげた。 「私が? 青野を? 何で!?」 「いや、だって……」 「ないない無理無理! だって青野、お兄ちゃんの彼氏じゃん!」 「そ、それはいったん置いといて!」  俺が知りたいのは、お前の本心なんだ。たとえば、実は青野のことが好きなのに、俺に遠慮して気持ちを隠していたりとかさ。そういうの、俺としては心苦しいんだよ。 「だからさ、もしそうなら遠慮なく言ってほしいっていうか」  そう、これはせめてもの兄心。  なのに、ナナセは不審そうに黙り込むと、俺のおでこに手を当てやがった。 「大丈夫? お兄ちゃん」  おい、こら! 熱なんてねーよ! 「だって、お兄ちゃんらしくないっていうか……ほんとどうしたの? 何かへんなものでも食べた?」 「食べてないっての!」  つーか、なんだよ「らしくない」って!  俺、そんなおかしなこと言ってないよな? 「えっ、言ってるでしょ! どうしたの、私に気を遣うとか。いつもの『わがままプリンセス』っぷりはどこにいったの」 「へっ?」  なんだよ、それ。プリンセスって「王女」だよな?  「わがまま」云々も引っかかるけど、そこはせめて「わがままプリンス」じゃねーの?  もっともなはずの俺の指摘に、ナナセは「今更!?」とさらに目を丸くした。 「ねえ、ほんとどうしちゃったの? やっぱり熱でもあるんでしょ」 「ねーよ! 36.5度くらいだよ、たぶん!」 「でも、お兄ちゃんらしくないっていうか、わがままプリンセスらしくないっていうか」  だから『プリンス』! 俺、男! 「でも、自分で言ってたじゃん。『俺、わがままプリンセスだからー』って、歴代の彼氏彼女にさんざんわがまま言い放題でさ」  ──え、待って。こっちの俺、そんなキャラクターなの?  つーか今、さらっと「歴代の彼氏・彼女」って言わなかった?  それ、よく考えると、いろいろ怖いんですけど。  半ば言葉を失っていると、ナナセが「大丈夫?」とまた顔を覗き込んできた。 「ほんと、今日のお兄ちゃんへんだよ? 青野も心配してたけどさ」  えっ、あの青野が?  言葉がキツくて、俺に対して扱いが雑すぎる「こっちの青野」が?  俺のことを心配していたの? 「そりゃするでしょ。いきなり『別世界から来た』とか言われたりしたらさ」 「あっ」  そうだ、その話! 「聞いてくれよ、ナナセ。青野は信じてくれなかったけど、俺、本当にこの世界の住人じゃなくて──」 「ハイハイ、わかってます。そんな言い訳しなくても、今更お兄ちゃんの浮気をとがめたりしないって」 「……っ」  違う、これは言い訳とかじゃなくて──! 「でもさぁ、青野も人がいいよねぇ。お兄ちゃんがどんなにしょうもない言い訳をしても、結局最後は許すんだから」 「いや、だから……」 「なんだっけ……前回の言い訳は、たしか『道案内のお礼にキスされた』で、その前は『ヤラないと出られない部屋に閉じ込められたから、仕方なくヤッちゃった』で、その前は……」 「いい……もういい……」  これ以上聞いていられなくて、俺はナナセの言葉をさえぎった。  なるほど、こっちの俺は浮気をするたびにそんな言い訳をしていたのか。そりゃ、どんなに必死に「別世界から来た」って訴えても、信じてもらえるわけがないよな。  ていうか、こっちの俺、貞操観念ゆるすぎない? これじゃ、たしかに「尻軽クソビッチ」じゃん。  めまいを覚える俺の隣で、ナナセは「あのさぁ」とため息をもらした。 「青野のこと、もっと大事にしなよ。さんざん駄々をこねて、ようやく恋人にしてもらえたんだからさ」  ──へ? 「『釣った魚に餌をやらない』ってよく聞くけどさぁ。お兄ちゃん、さすがにそろそろヤバいよ? 未だ青野がお兄ちゃんと付き合えてるの、はっきりいって奇跡だからね」  「わかった?」と念押しして、ナナセはリビングを出ていった。ほぼ空っぽのポテトチップスの袋を、しっかり俺に押しつけて。 (待てよ。待ってくれ)  いったん整理させてくれ。
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