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ゴオオオオンッとけっこうな大音量で、背後を通勤快速が通過していった。それでも、青野が発したその単語はしっかりはっきり俺の耳に届いた。
「嘘だろ……」
俺はよろめいた。頭のなかは真っ白だった。
だって、なんだよ、その「セッ(自主規制)」って。
俺もお前も男だよな? そもそもお前、妹の彼氏だよな?
つい早口で問い詰めてしまった俺に、青野は「は? なに言ってんっすか」とさらに凶暴そうな声をあげた。
「なんで俺が星井と付き合わないといけないんっすか」
「いや、でも『妹さんと付き合います』って、俺に挨拶に……」
「なんっすか、それ。なんの夢っすか。まだ寝ぼけてんっすか」
ものすごい力で顎を捕まれる。
痛い痛い痛い! なにこれ、なんで俺こんなことされてんの?
「それともアレっすか。俺を煽って楽しんでるんっすか」
してない! そんなことしてないって!
「だったら乗ってやりますよ。今日はあんたが言うところの『付き合って半年記念日』らしいですしね」
混乱まっただ中の俺に、青野は顔を近づけてきた。
やばい、やられる──青野に食われる!
そこで俺の生存本能が発動した。気づいたら、俺はやつの股間を蹴り上げていた。
青野は、声にならない声をあげた。そのまま背中を折りたたみ、崩れるようにうずくまる。
ごめん、ほんとごめん。
でも今のお前、怖すぎだし、ワケわかんないし、俺の知ってる「青野」じゃないし、なにより──
「お前は妹の彼氏だし!」
折しも、次の電車がホームに入ってきた。
ただの快速。つまりこの駅に停車する。
青野はうずくまったまま、未だ動けない。
これ幸いとばかりに、俺はその電車に飛び乗った。ものすごい目で睨んでいる青野を、そのままホームに置き去りにして。
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