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「だからさ、青野。今の俺は、お前の知っている俺じゃないんだ」
「……は?」
「たぶんだけど『パラレルワールド』から来た的な? たしかに俺のいた世界にもナナセやお前はいたし、家や学校もこことそっくりだけどさ。細かい部分が微妙に違うっつーか……たとえば、昨日まで俺は茶髪で黒い目だったし、お前も黒い目で、ナナセも黒い目で、父さんと母さんもそうで」
なによりお前は、ナナセと付き合っていた。
俺じゃない、妹の彼氏だったんだ。
「なのに目が覚めたら俺は金髪で、みんなの目の色が緑で、お前は俺と付き合ってることになっていて──」
しかも、俺は童貞を捨てていました──って。
あり得ねぇ。こんなの、絶対俺の知っている世界じゃねーよ。
「だからな、青野。俺は、お前が付き合っていた『星井夏樹』じゃないんだ」
わかるよな? 理解してくれたよな?
けれども、返ってきたのはあきれたようなため息だった。
「あんたにしては凝った言い訳ですね」
「違うって! 言い訳とかじゃなくて……」
「じゃあ、なんですか。新しい遊びですか。『異世界から来ました』的な?」
「遊びじゃなくて事実! ほんとに俺、ここじゃない世界の人間で──」
「もういいです」
吐き捨てるような言葉で、青野は俺の主張をさえぎった。
「要するにアレでしょ。俺とは『やりたくない』ってことでしょ」
「そう! それ!」
ていうか、正しくは『お前とはデキない』んだ。
だって、お前相手にムラムラしたことないし、押し倒したところで絶対そんな気にはなれないし。
百歩譲って、俺の身体になんらかのバグが起きたとしても、いざとなったら絶対「妹の彼氏」ってことが引っかかる。
だから、どう頑張っても、お前とは無理なわけで──
「で、今度の浮気相手は誰なんっすか」
「……え」
「男っすか、女っすか。──ああ、もしかしてそっちが本命? 俺が『浮気相手』に格下げですか」
待て待て。どうしてそんな話になった?
今、ちゃんと説明したよな? 俺は別世界からやってきた「別人だ」って。
なのに、青野の冷ややかな眼差しは変わらない。
「ほんっと毎回よく思いつきますよね。くだらねー嘘バレバレの言い訳」
「いや、だから……」
「なにが『別世界』っすか。黒い目とか有り得ないでしょ」
「それが有り得るんだって!」
俺がいた世界ではそうだったの! 目の色が「黒」の人が多かったの!
もちろん外国人まで範囲を広げると違うかもしれないけど、少なくとも俺の周囲は「黒」が圧倒的に多かったわけで──
「もうはっきり言ったらどうです。『お前より気に入った相手が見つかったから、今後お前とはやりたくない』って」
「だから、そういうんじゃ……」
「うるせぇ、つまんねー言い訳してんなよ! この尻軽クソビッチが!」
鈍い音がした。続いて、右のこぶしに鈍い痛みが広がった。
青野が、呆然としたように俺を見ている。しかも左頬を押さえて。
え……うそ?
もしかして俺、青野を殴った?
いや、殴ったな──だって青野の左頬、みるみるうちに腫れていくし。
「ご、ごめん」
なにやってんだ、俺。いくらカッとなったからって暴力はダメだろ。
しかも相手は後輩。妹の彼氏。
「ごめん、冷やすの──タオル……ハンカチ……」
慌てふためく俺に「いらねーっす」と言い残して、青野は視聴覚室を出ていこうとする。
「青野、ごめん! ほんとごめん!」
必死に謝ったけど、青野は振り向かない。
音をたててドアが閉まり、俺は再びひとりきりになった。
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