第5話

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「いや、それは……」  俺は、言葉を濁した。そうせざるを得なかった。  青野と別れた一番の理由は、俺とこっちの俺が入れ替わったからだ。お前に恋をしていないのが、今の「星井夏樹」だ。だから、別れを選んだ──ただそれだけのこと。  でも、それをそのまま伝えたところで、こいつはきっと受け入れない。以前のように「また適当な言い訳をしている」と受け取られるのがオチだ。  しかも、現状「半年記念日の件とはまったく関係がない」とも言い切れない。  もしも「階段から飛び降りたことで入れ替わった」という仮説が正しかったとしたら、青野の疑問に対する答えは「イエス」だ。青野が、こっちの俺の提案を受け入れていれば、そもそもケンカが発生しない。つまり、こっちの俺は階段から飛び降りずに済んだのだ。  けれど、それを伝えて何になるのだろう。  青野の気は済むのか。納得できるのか。めちゃくちゃ後悔して、1ヶ月前の自分を責めることにはならないのか。 「どうして」  結局、俺の口からこぼれたのは中途半端な問いかけだ。 「どうしてそう思うんだ?」  青野は目を伏せた。答えに迷っているようにも、ためらっているようにも見えた。  しばらく沈黙が続いたあと、独り言のような頼りない声が届いた。 「あのときから、夏樹さんが変わってしまったような気がして」  そうだな、そのとおりだよ。  なにせ「星井夏樹」は中身ごと入れ替わっちまったんだ。お前が好きだった「俺」は、たぶん今は別世界にいるんだよ。  笑って、そう教えてやれたらよかった。  でも、そうしたところで信じてもらえないし、なにより今の俺にはその発言を笑顔で伝えられそうになかった。  ああ、くそ、わかっている。  青野は悪くない。  青野は、ただ自分の疑問を口にしただけだ。  けど俺は、俺自身を否定されたように感じた。「以前の星井夏樹が恋しい」「以前の星井夏樹に戻ってほしい」──青野自身は、決してそんなことを言っていないのに。 「ごめんな、変わっちまって」 「いえ、そういう意味では……」 「半年記念日のことだけど」  なんて答えるべきかやっぱり迷って、結局俺はこう口にした。  お前が好きになった俺じゃない「俺」なりの、精一杯の矜持(きょうじ)を込めて。 「たしかに、別れる原因にはなったかもしれない。でも『今の俺』は、あのときのお前が俺の提案を拒んだ気持ちもよくわかるよ」  青野は「そうっすか」と呟いた。それから長いため息を吐くと、立てた膝に顔を埋めてしまった。  つむじ付近のくせ毛がぴょんと跳ねていた。その髪に手をのばしかけたものの、さっきみたいにわしゃわしゃとかき混ぜることはできなくて、俺の右手はただ宙を掴んだだけだった。
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