第5話

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 基本、他人のケンカなんて放っておけばいいというのが俺のスタンスだ。  昔からケンカは強いほうじゃなかったし、痛い目にあうのもあわせるのも嫌だ。なにより、俺という人間は自他共に認める「事なかれ主義」なのだ。  そんな俺が、自分から他人のケンカに割り込んでいくはずがない。  でも「ひとり対複数」となると話は別だ。だって、さすがに卑怯じゃん。ケンカは、やっぱり「ひとり対ひとり」じゃないと。  だから、俺は下のフロアまで下りていった。できるだけ穏便に、助け船を出すつもりで。  ただ、俺が想定していたのは、あくまで複数の女子に囲まれている「女子生徒」もしくは「気弱そうな男子生徒」の構図だ。  まさか、オラつかれているのが、俺より背が高くてふてぶてしい「元カレ」だなんて思うはずがないだろ。 (やばい、どうしよう)  さすがに、あそこに乗り込む気にはなれない。  これまで聞こえてきたいくつかの罵倒から推察すると、たぶんあの女子集団のうちの誰かが青野に告白をしたんだろう。で、断られて、仲間に泣きついた。納得できない仲間たちは、青野を呼び出して取り囲んだ──ってのが、たぶん今の状況だ。じゃないと、俺の名前が出てくるわけがないし。 (うん、まずい)  これは、絶対に俺が出ていっちゃダメなパターンだ。  つーか盗み聞きしているのがバレただけで、間違いなくボコボコにされる。実際は聞きたくて聞いたわけじゃないから、すげー理不尽って感じだけど。 (よし、戻ろう)  今のは見なかったことにしよう。  大丈夫、青野ならきっとひとりで乗り切れる! 彼女たちよりも背が高いし、がたいもいいし、けっこうふてぶてしいところがあるし…… 「あのさぁ、由芽(ゆめ)は『お試し』でいいとまで言ってんだよ?」  金髪ロングの女子が、隣にいたボブカットの肩を抱いた。 「べつにさ、今は、由芽(ゆめ)のこと好きじゃなくてもいいんだって。とりあえずお試しで付き合ってさ、ちょっと、なんか……いろいろヤッてみればいいじゃん」  え、「ヤル」って何を?  まさか……まさかの?  世の中の多くの青少年が抱くだろう疑問を、青野も持ったらしい。  青野が何かを訊ね、それに対して金髪ロングが「だからさぁ」と苛立ったように声を荒げた。 「『いろいろ』は『いろいろ』じゃん! そこまで言わなくてもわかるでしょ、星井と付き合ってたんだから!」 「ほんとそれ!」 「鈍いフリすんな!」  うっ、見事な3倍返し。  これには、さすがの青野も口をつぐんでしまった。  がんばれ青野。負けるな青野。  でもごめん、何もできそうにない俺はこのまま退散するってことで── 「つーか、あんた星井ともそんな感じだったんでしょ。あいつに食われて、それで好きになったって聞いたけど」  階段を下りかけていた足を、俺は再び元に戻した。 (え……なに今の)  お前が、こっちの俺を好きになったのってそういう理由?  たしかに、めちゃくちゃアプローチをかけていたとは聞いていたけど、決め手は「そっち」? 内面的な何か、とかじゃなくて?  じゃあ、何? お前が未練あるのって「俺の身体」?  たしかに俺と別れたあと「煩悩退散」って瞑想してたけど……俺をおんぶしたとき首筋まで真っ赤になってたけど……  そんな俺の混乱は、壁を殴るような音に遮られた。 「いい加減にしてください! そんなわけないでしょう!」  初めて、青野の声が俺のところまで届いた。 「俺があの人と付き合ったのは、あの人を好きになったからです! だから交際を了承したんです! 勝手に順番を変えないでください!」  青野の本気の憤りは、俺のちっぽけな不信をいともたやすく一掃した。  そっか……そうだよな!  お前、意外と俺のこと好きだもんな!  もちろん、それが「こっちの世界の俺」のことだってのはわかってる。  でも、嬉しかった。今すぐ頭をワシャワシャしてやりたかった。  よく言った、エラいぞ青野!  けど、感激したのは、盗み聞きしていた俺だけだったらしい。 「はぁっ!?」 「そんなの聞いてないし!」 「つーか惚気かよ!」 「由芽の気持ち考えなよ!」  すさまじい4倍返しをくらって、青野は今度こそ後ずさった。  壁にぶつけたままだった拳が、困惑したように宙をさまよう「いや」「けど」と唇が動いているけれど、勢いづいた女子の集団にはなんの効果もなさそうだ。 (ああ、くそ!)  今、出て行ったら絶対に火に油を注ぐことになる──頭ではわかっていたくせに、気づいたら俺は足を踏み出していた。
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