第5話

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 そうだ、たしかに俺は嘘をついたんだった。あのあと繰り広げられた「由芽ちゃん劇場」のせいで、すっかり頭から消えていたけれど。 「え、ええと……そのうち忘れてくれるんじゃね?」 「証人が8人もいてですか」  げっ、そんなにいたっけ。 「たぶんあっという間に広まりますよ。前回もそうでしたし」 「ああ、俺らが別れたとき?」 「それもですけど、前回あんたが嘘をついたときです」  ──うん? 嘘? 「あのときも、あっという間に広まったじゃないですか。俺があんたにキスされたこととか、あんたの一方的な交際宣言とか」 「あ、ああ……!」  そういえば、八尾から聞いたエピソードのなかにそんなものがあったっけ。 「ええと……アレだよな? お前がすげー可愛い子に告られて、焦った俺が『青野は俺と付き合うから近づくな』って叫んで、お前に無理矢理キスしたっていう……」 「いえ、正確には『俺が唾つけたから青野には近づくな』でしたね」 「唾!?」 「そうです、唾です。──忘れたんですか?」 「い、いや! たった今、思い出した! そういえば言ったよな、そんなこと」  アハハと笑って誤魔化したけど、内心冷や汗ダラダラだ。  くそ、なんだよ「唾つけた」って。小学生かよ、こっちの世界の俺。  舌打ちしかけたところで、青野がジッとこっちを見ていることに気がついた。  え、なに? まだなにか不審点でも? 「今回はつけてくれないんですね」 「なにを?」 「唾です」  ──ハイ? 「前回は強引に唾つけたくせに、この差はいったい……」 「そ、そんなのどうだっていいだろ! つーか『唾』って言い方やめろ!」 「は? あんたが言ったことでしょう」 「そうだけど、それはあくまで過去の話であって……」  そこまで反論したところで気がついた。さっきから、俺の唇に青野の吐息がかかっていることに。  え、どうした? お前、いつのまにこんなに俺に近づいてた? 「夏樹さん」 「ハ、ハイ……」 「どうします、これから」  え、ええと……それは「嘘をついたこと」についてだよな?  今後どうやって誤解を解くか、とかそういう話だよな?  なのに、青野はどんどん顔を近づけてくる。  待て待て、これって……これって、まさか…… 「どうもしないっての!」  力いっぱい叫ぶと、俺は青野の身体を突き飛ばした。  やばいやばい、本当にやばい!  唇周辺に、まだあいつの吐息がまとわりついている気がする。  それに、あの緑色の目。甘くとろけるような眼差しが、脳みそにこびりついたみたいに消えてくれない。  (だっ)()のごとく逃げ出した俺は、そのとき青野がどんな表情をしていたのか知らない。  知っていたら、きっと心臓が爆発していたに違いないのだけれど。
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