第5話

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 青野の指摘どおり、俺たちがよりを戻したという噂はあっという間に広まった。 「やっぱりお前には青野が必要だったってことか」  早弁用のおにぎりを頬張りながら、山本が感慨深そうにうなずいている。 「そうだよなぁ、わがままプリンセスに根気強く付きあえるの、青野しかいないもんなぁ」  待て待て。この1ヶ月、俺はわがままなんてほとんど言っていないはずだぞ?  俺の主張に、山本は「そうだっけ?」と首を傾げやがった。 「そうだっての。試しに、最近俺が言ったわがままを思い出してみろよ」 「そうだな、ええと……」  しばらく考え込んでいた山本は、やがて打たれたように顔をあげた。 「たしかにないな!」 「だろ!?」  これについては自信がある。だって、こっちの世界に来てからずっと「脱・わがままプリンセス」を目指してきたんだから。 「なるほどな……お前のわがままがなおったから、青野にまた付き合ってもらえたってわけか」 「違ぇよ。それは関係ない」 「じゃあ、なんでよりを戻せたんだ?」 「それは……まあ、いろいろあったっていうか」  ぶっちゃけ「よりを戻した」こと自体、嘘だしな。  問題は、それをどのタイミングで公表するかだ。  できれば今すぐ「その噂、嘘だから」って否定したい。けど、ボブカット女子・由芽ちゃんとのあれこれを考えると、それはさすがに無理だ。しばらくの間──たとえば、由芽ちゃんが新しい誰かのもとに「入学」するまでは、つきあっているふりを続けるしかない。 (けどなぁ)  つきあうふりって、具体的には何をだ?  手をつなぐとか? ベタベタしてみせるとか? (……え、青野と?)  無理無理、そんなのできっこない。もう少しハードルが低そうなことから始めないと。 (たとえば……デートするとか?)  それならいけるかもしれない。「遊びの延長」って割り切ってしまえば、なんとかなるんじゃねーかな。  けど、あっちの世界の青野って、ナナセとどんなデートしてたっけ。 (うちには、よく遊びに来ていたよな)  で、ナナセや母ちゃんとリビングでおしゃべりしていた。  あとは、カフェとかファストフードにも行っていたよな。俺のバイト先にも、ふたりでよく来ていたし。 (けど、こっちの青野はなぁ)  俺とふたりでカフェ? いやいや、そんなガラじゃないだろ。  だったら、うちに呼ぶか? 母ちゃんと会わせるのは問題ないよな。すでに顔見知りみたいだし。  でも、俺の部屋でふたりきりとなると──  ──「夏樹さん」  数日前の青野の声が、耳奥によみがえる。  ──「どうします、これから」  どうするって……  そんなの、訊かれても…… 「なんで唇触ってんだ、お前」 「へっ」 「皮でも剥けてんのか? 見てやろうか?」  山本の親切な申し出を「大丈夫だ」と退ける。  うわ、やばい。マジで頬が熱い。  なにやってんだよ、俺! なんで無意識のうちに唇を触ってんだよ! (ありえねぇ、恥ずかしすぎる)  それもこれも青野のせいだ。青野がいけないんだ。  あいつが、キスしてほしそうな態度をとるから。 (やっぱ、デートもナシだな)  恋人のふりをするためだとしても、あいつとふたりきりになるのは危険すぎる。とりあえず危なそうなヤツは全部やめておこう。 (どうせ、こんなのも満月までだ)  次の挑戦で、今度こそ俺は元の世界に戻るんだから。  決意を新たにしたところで、スマホがブルッと震えた。送信者は八尾だ。もしかして退院日が正式に決まったのかな。  ──「面白い話を聞けた。今日、絶対見舞いに来い」  うん? なにがあったんだろう。
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