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青野の指摘どおり、俺たちがよりを戻したという噂はあっという間に広まった。
「やっぱりお前には青野が必要だったってことか」
早弁用のおにぎりを頬張りながら、山本が感慨深そうにうなずいている。
「そうだよなぁ、わがままプリンセスに根気強く付きあえるの、青野しかいないもんなぁ」
待て待て。この1ヶ月、俺はわがままなんてほとんど言っていないはずだぞ?
俺の主張に、山本は「そうだっけ?」と首を傾げやがった。
「そうだっての。試しに、最近俺が言ったわがままを思い出してみろよ」
「そうだな、ええと……」
しばらく考え込んでいた山本は、やがて打たれたように顔をあげた。
「たしかにないな!」
「だろ!?」
これについては自信がある。だって、こっちの世界に来てからずっと「脱・わがままプリンセス」を目指してきたんだから。
「なるほどな……お前のわがままがなおったから、青野にまた付き合ってもらえたってわけか」
「違ぇよ。それは関係ない」
「じゃあ、なんでよりを戻せたんだ?」
「それは……まあ、いろいろあったっていうか」
ぶっちゃけ「よりを戻した」こと自体、嘘だしな。
問題は、それをどのタイミングで公表するかだ。
できれば今すぐ「その噂、嘘だから」って否定したい。けど、ボブカット女子・由芽ちゃんとのあれこれを考えると、それはさすがに無理だ。しばらくの間──たとえば、由芽ちゃんが新しい誰かのもとに「入学」するまでは、つきあっているふりを続けるしかない。
(けどなぁ)
つきあうふりって、具体的には何をだ?
手をつなぐとか? ベタベタしてみせるとか?
(……え、青野と?)
無理無理、そんなのできっこない。もう少しハードルが低そうなことから始めないと。
(たとえば……デートするとか?)
それならいけるかもしれない。「遊びの延長」って割り切ってしまえば、なんとかなるんじゃねーかな。
けど、あっちの世界の青野って、ナナセとどんなデートしてたっけ。
(うちには、よく遊びに来ていたよな)
で、ナナセや母ちゃんとリビングでおしゃべりしていた。
あとは、カフェとかファストフードにも行っていたよな。俺のバイト先にも、ふたりでよく来ていたし。
(けど、こっちの青野はなぁ)
俺とふたりでカフェ? いやいや、そんなガラじゃないだろ。
だったら、うちに呼ぶか? 母ちゃんと会わせるのは問題ないよな。すでに顔見知りみたいだし。
でも、俺の部屋でふたりきりとなると──
──「夏樹さん」
数日前の青野の声が、耳奥によみがえる。
──「どうします、これから」
どうするって……
そんなの、訊かれても……
「なんで唇触ってんだ、お前」
「へっ」
「皮でも剥けてんのか? 見てやろうか?」
山本の親切な申し出を「大丈夫だ」と退ける。
うわ、やばい。マジで頬が熱い。
なにやってんだよ、俺! なんで無意識のうちに唇を触ってんだよ!
(ありえねぇ、恥ずかしすぎる)
それもこれも青野のせいだ。青野がいけないんだ。
あいつが、キスしてほしそうな態度をとるから。
(やっぱ、デートもナシだな)
恋人のふりをするためだとしても、あいつとふたりきりになるのは危険すぎる。とりあえず危なそうなヤツは全部やめておこう。
(どうせ、こんなのも満月までだ)
次の挑戦で、今度こそ俺は元の世界に戻るんだから。
決意を新たにしたところで、スマホがブルッと震えた。送信者は八尾だ。もしかして退院日が正式に決まったのかな。
──「面白い話を聞けた。今日、絶対見舞いに来い」
うん? なにがあったんだろう。
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