第6話

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 そんな青野とのやりとりがあったせいで、八尾のもとに到着するのは予定よりも30分ほど遅れてしまった。 「お前なぁ、遅ぇよ」  当然、退屈を持て余している八尾は不満顔で俺を出迎えた。 「悪い、その……学校出るときに青野に捕まっちまって」 「ああ、そういえばお前ら、よりを戻したんだって」 「えっ」  なんで知ってんの? 俺、まだお前に話してなかったよな? 「バーカ、お前が話さなくても他のヤツから聞けんだよ」 「ちなみに誰から?」 「お前が知らない1年のヤツ」 「マジか……」  1年のとこにまで、俺らの噂が広まってんのか。 「なんか怖ぇな」 「仕方ねーだろ。青野は1年にもそこそこモテるし、お前はいろんな意味で有名人だったからな」  その「いろんな意味」について詳しく聞きたいような、聞きたくないような──いや、やっぱりやめておこう。どう考えてもろくなことじゃなさそうだし。  なにより今は、他に伝えるべきことがある。 「あのさ、その『よりを戻した』ってやつだけど、結論から言うと嘘だから」 「……は?」 「それこそ、いろいろあってさ。やむを得ずよりを戻したふりをしているっていうか」  俺は、先日の由芽ちゃん劇場についてひととおり説明した。  途中まで野次馬根性丸出しで聞いていた八尾は、由芽ちゃんの名前が出たとたん「うわ」と顔をひきつらせた。 「『由芽ちゃん』ってあいつだろ? 4組の江頭由芽」 「さあ、苗字まではわかんねーけど……」 「髪はおかっぱ」 「まあ、そうだな。つーか、そこはボブって言えよ」 「いいだろ、おかっぱはおかっぱだ」  八尾いわく、由芽ちゃんにロックオンされた男子は、そりゃもう大変なめにあうらしい。 「あいつの取り巻き連中も厄介だけどよ、やっぱ江頭本人がなぁ……ヒロイン気取りっぷりが、半端ないっつーか」 「わかる……あの子の言動、ちょっと芝居がかってるよな」 「ちょっとどころじゃねぇだろ。1組の岡田なんて、マジで悲惨だったらしいぞ。大雨の日に傘ナシで江頭に外に連れ出されてずぶ濡れになるわ、夜中に家に突撃されるわ」  げ……そんなのただの迷惑行為じゃん。  けど、想像はできる。あの子は、修学旅行のときにいきなり部屋に押しかけてきて、上目遣いで「来ちゃった」って言うタイプだ。ああいうの、恋愛ドラマとかでたまに見かけるけど、現実でやられたらたまったもんじゃない。部屋には十中八九他のヤツらがいるわけで、あとからやっかまれたり冷やかされたり、すげー面倒なことになるって想像できねーのかな。 「ちなみに、岡田のときは3ヶ月くらいで諦めてもらえたらしいんだけど、そのころには岡田の頭、めちゃくちゃ若白髪が増えてたってよ」 「うわぁ」  そう考えると、あの程度の由芽ちゃん劇場で済んだ青野はまだマシだったのかもしれない。つーか、俺ファインプレイだったんじゃね? 俺が嘘ついたおかげで、由芽ちゃんにきっちり諦めてもらえたわけだし。 「で、どうすんだ、お前。このまま嘘つき続けるのか?」 「いちおうな。今んとこその予定」  とはいえ、それも次の満月までのこと。つまりあと10日もないわけだ。  それくらいなら、何とか乗り切れると思うんだよな。グイグイこられても、言い訳して逃げられそうだし。  そう説明する俺を、八尾はなにか言いたげな目でジッと見た。 「な、なんだよ」 「いや……まあ、いいけど」  いやいや、ぜんぜん良さそうには見えねーんだけど。言いたいことがあるならはっきり言えよ。  でも、俺がそう口にするよりも先に、八尾は「じゃあ、本題に入るか」と話題を切り替えてしまった。 「お前らが入れ替わる前日、こっちのお前と青野はケンカしたんだったよな」 「ああ」  西階段の踊り場で言い争いになって、こっちの俺が、青野に「飛び降りるぞ」って脅したらしい。 「その『飛び降りるぞ』の続報」 「へっ?」 「お前のその発言をな、聞いていたヤツがいたっぽいんだ」
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