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「……3つ」
「そう、3つだ」
1・こっちの俺が、西階段の踊り場から飛び降りたときのみ入れ替わる
2・どちらかの俺が、西階段の踊り場から飛び降りたときに入れ替わる
3・こっちの俺が飛び降りて、俺が瞑想をしたときに入れ替わる
「わかるか? 俺の『飛び降り』が成立するのは、2番のみだ」
1番と3番だった場合、俺が勇気を振り絞って飛び降りたところで無駄になってしまう。それどころか大惨事になりかねない。
「なるほど……つーか1番と3番ならお手上げだな」
「そう、それなんだよ!」
1番は、決定権が「こっちの世界の俺」にあるので、俺があれこれ頑張ったところでどうにもならない。あっちの世界にいるだろう「俺」が、満月の日に飛び降りてくれるのを待つしかない。
3番も同様だ。俺が瞑想しようが、あっちの世界の俺が、満月の日に飛び降りてくれないかぎり、俺たちの入れ違いは発生しない。
「待て、星井。あとひとつ考えられるぞ」
「というと?」
「『満月の日にお前が瞑想すれば問答無用で入れ替わる』──つまり、お前らが入れ替わったのは、こっちのお前が飛び降りたからじゃなくて、お前が瞑想していたからってパターンだな」
「……なるほど」
それなら、満月の日に瞑想を試してみるのは有りだよな。つーか、できれば八尾が挙げた「4番」であってほしい。それなら俺に主導権があるわけだし。
「まあ、2番もお前に主導権があるけどな」
「大怪我覚悟のな! 何度も言ってるけど、それは最後の手段だから!」
できれば、そっちは試したくない。
ヘタレと言いたければ言え。我が身が大事で何が悪い。
「それじゃ、次回の満月チャレンジは『西階段の踊り場』で、もう一度『瞑想』するってことで」
「おう──って、なんだよ、その『満月チャレンジ』って」
「いいだろ、なんかのプロジェクトっぽくて」
八尾は、得意げに口の端をつりあげる。
こいつ、本当に今ヒマを持てあましているんだろうな。まあ、そのおかげで様々な情報を手に入れてくれたわけだけど。
(──よし)
今度こそ、成功させてやる。もう青野にも誰にも邪魔はさせねぇ。
「その頃には俺も退院しているからな。お前のこと、しっかりガードしてやる。ただ……」
八尾は、ちらりと視線をあげた。
「もし、瞑想でも結果が出なかった場合は?」
「そのときは……『飛び降り』も検討する」
「よし、言ったな!」
八尾の声が、楽しげに弾んだ。
こいつ……親友をなんだと思ってんだよ。そりゃ、瞑想なんて眺めていてもつまらないだろうけどさ。
「……やっぱ、やりたくねぇ」
「まあ、そう言うなって。絶対そのほうが面──うまくいく可能性が高いんだからよ」
「待て。お前、今『面白い』って言いかけただろ」
「ハハハ、気のせい気のせい」
「嘘つけ。……くそっ」
他人事だと思いやがって──って、実際そのとおりだから仕方ないんだけどさ。
俺は、八尾のベッドに突っ伏した。自然と、深いため息がこぼれた。
「せめて『こっちの俺』と連絡が取れたらなぁ」
そうすれば、示し合わせていろいろ試せるのに。意見交換とかもできそうだしさ。
「つーか、こっちの俺、何してんだろう」
「お前がいた世界にいるわけだろ? だったら、十中八九お前の世界の青野を食ってるな」
──へっ!?
「こっちのお前、欲しいものは絶対に手に入れる主義だから。お前がいた世界の青野のことも、あの手この手を使って絶対に……」
「待て待て。やめろ、やめてくれ」
それじゃ、兄妹間での修羅場が勃発──
いや、あっちの青野は、うちの妹を大事にしているんだ。そう簡単に惑わされるわけがねぇ!
「だったら他のヤツを食ってんな」
「おい!」
「あいつ、マジで奔放だったからなぁ。それこそ、老若男女問わず、気になったやつを片っ端から……」
「やーめーろー!」
怖い怖い、やめてくれ! 俺を絶望させないでくれ!
「決めた……俺、絶対元の世界に戻ってやる!」
それも可及的速やかに。つまりは、今度の満月で何がなんでも絶対に!
というわけで、決意を新たに俺は八尾の病室をあとにした。
ちなみに、あいつの退院は3日後に決まったらしい。よかった、これであいつとはもっと気軽に連絡を取り合えるよな。
6時を過ぎたばかりだったので、今日は正面玄関に向かう。ここの病院は、外来受付が6時までなので、待合室にはまだまだ人が多い。
だから、気づかなかったんだ。ベージュ色のベンチに、よく知る「誰かさん」が座っていたことに。
「1時間3分」
「!」
「微妙なところですね。ただのおしゃべりにしては長すぎる」
振り向いたその先にいたのは、膝をきれいに揃えて座っている元カレ──いや、表向きは「今カレ」の青野行春だった。
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