第6話

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「……3つ」 「そう、3つだ」  1・こっちの俺が、西階段の踊り場から飛び降りたときのみ入れ替わる  2・どちらかの俺が、西階段の踊り場から飛び降りたときに入れ替わる  3・こっちの俺が飛び降りて、俺が瞑想をしたときに入れ替わる 「わかるか? 俺の『飛び降り』が成立するのは、2番のみだ」  1番と3番だった場合、俺が勇気を振り絞って飛び降りたところで無駄になってしまう。それどころか大惨事になりかねない。 「なるほど……つーか1番と3番ならお手上げだな」 「そう、それなんだよ!」  1番は、決定権が「こっちの世界の俺」にあるので、俺があれこれ頑張ったところでどうにもならない。あっちの世界にいるだろう「俺」が、満月の日に飛び降りてくれるのを待つしかない。  3番も同様だ。俺が瞑想しようが、あっちの世界の俺が、満月の日に飛び降りてくれないかぎり、俺たちの入れ違いは発生しない。 「待て、星井。あとひとつ考えられるぞ」 「というと?」 「『満月の日にお前が瞑想すれば問答無用で入れ替わる』──つまり、お前らが入れ替わったのは、こっちのお前が飛び降りたからじゃなくて、お前が瞑想していたからってパターンだな」 「……なるほど」  それなら、満月の日に瞑想を試してみるのは有りだよな。つーか、できれば八尾が挙げた「4番」であってほしい。それなら俺に主導権があるわけだし。 「まあ、2番もお前に主導権があるけどな」 「大怪我覚悟のな! 何度も言ってるけど、それは最後の手段だから!」  できれば、そっちは試したくない。  ヘタレと言いたければ言え。我が身が大事で何が悪い。 「それじゃ、次回の満月チャレンジは『西階段の踊り場』で、もう一度『瞑想』するってことで」 「おう──って、なんだよ、その『満月チャレンジ』って」 「いいだろ、なんかのプロジェクトっぽくて」  八尾は、得意げに口の端をつりあげる。  こいつ、本当に今ヒマを持てあましているんだろうな。まあ、そのおかげで様々な情報を手に入れてくれたわけだけど。 (──よし)  今度こそ、成功させてやる。もう青野にも誰にも邪魔はさせねぇ。 「その頃には俺も退院しているからな。お前のこと、しっかりガードしてやる。ただ……」  八尾は、ちらりと視線をあげた。 「もし、瞑想でも結果が出なかった場合は?」 「そのときは……『飛び降り』も検討する」 「よし、言ったな!」  八尾の声が、楽しげに弾んだ。  こいつ……親友をなんだと思ってんだよ。そりゃ、瞑想なんて眺めていてもつまらないだろうけどさ。 「……やっぱ、やりたくねぇ」 「まあ、そう言うなって。絶対そのほうが面──うまくいく可能性が高いんだからよ」 「待て。お前、今『面白い』って言いかけただろ」 「ハハハ、気のせい気のせい」 「嘘つけ。……くそっ」  他人事だと思いやがって──って、実際そのとおりだから仕方ないんだけどさ。  俺は、八尾のベッドに突っ伏した。自然と、深いため息がこぼれた。 「せめて『こっちの俺』と連絡が取れたらなぁ」  そうすれば、示し合わせていろいろ試せるのに。意見交換とかもできそうだしさ。 「つーか、こっちの俺、何してんだろう」 「お前がいた世界にいるわけだろ? だったら、十中八九お前の世界の青野を食ってるな」  ──へっ!? 「こっちのお前、欲しいものは絶対に手に入れる主義だから。お前がいた世界の青野のことも、あの手この手を使って絶対に……」 「待て待て。やめろ、やめてくれ」  それじゃ、兄妹間での修羅場が勃発(ぼっぱつ)──  いや、あっちの青野は、うちの妹を大事にしているんだ。そう簡単に惑わされるわけがねぇ! 「だったら他のヤツを食ってんな」 「おい!」 「あいつ、マジで奔放(ほんぽう)だったからなぁ。それこそ、老若男女問わず、気になったやつを片っ端から……」 「やーめーろー!」  怖い怖い、やめてくれ! 俺を絶望させないでくれ! 「決めた……俺、絶対元の世界に戻ってやる!」  それも()及的(きゅうてき)速やかに。つまりは、今度の満月で何がなんでも絶対に!  というわけで、決意を新たに俺は八尾の病室をあとにした。  ちなみに、あいつの退院は3日後に決まったらしい。よかった、これであいつとはもっと気軽に連絡を取り合えるよな。  6時を過ぎたばかりだったので、今日は正面玄関に向かう。ここの病院は、外来受付が6時までなので、待合室にはまだまだ人が多い。  だから、気づかなかったんだ。ベージュ色のベンチに、よく知る「誰かさん」が座っていたことに。 「1時間3分」 「!」 「微妙なところですね。ただのおしゃべりにしては長すぎる」  振り向いたその先にいたのは、膝をきれいに揃えて座っている元カレ──いや、表向きは「今カレ」の青野行春だった。
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