第6話

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 吸い込んだ息は、自然と腹のあたりに貯まっていく。  そこでいったん息を止めると、今度は意識してゆっくり細く吐き出していく。  まずは、この繰り返し。 (吸って……吐いて……吸って……)  意識が、呼吸に向かいはじめる。肩の力がどんどん抜けてゆく。  前回と同じ──いろいろな音が、俺の耳に飛び込んでくる。誰かの足音、空調の流れ、下手くそなトランペットの音色、隣にいる親友の息づかい。たぶん、視界がシャットアウトされたことで、聴覚が研ぎ澄まされるんだろうな。じゃないと、身のまわりの危険を察知できないし。  でも、意識が沈めば沈むほど、そうした音すらも遠くなってゆく。深い沼にずぶずぶと飲み込まれてゆくようなこの感じ──このあたりまでは「いつもの瞑想」と同じだ。 (違うのは、このあと……)  ふわ、と頭のてっぺんを引っ張られる。  ああ……これだ。この感覚だ。  いつもなら沈むばかりの意識が、ふわふわと上に向かいはじめる。  真っ白にしたはずの脳内にキラキラと光が降り注ぎはじめた。 (いける……)  今度こそ、うまくいく。  だって、この感覚は特別だ。  身体が軽い。まるで「意識」だけになってしまったみたいに──あるいは魂だけ? まあ、どっちでもいい。このまま元の世界に戻れるのなら。  もう呼吸を意識することもない。あとは導かれるまま、光を追いかけるだけだ。 (そう、このまま……)  のぼって、のぼって……元の世界へ──  ──「夏樹さん!」  その声は、突然ビンッと脳内に響いた。  ──「よかった……生きてた」  ──「あんた今朝から様子がおかしくて、なんだか嫌な胸騒ぎがして」  やめろよ、なんだよ! なんでこのタイミングで、お前の声がよみがえるんだよ!  瞑想を続けたまま、俺は必死に脳内の面影を振り払おうとする。  なのに、次から次へと、あいつの言葉ばかりがよみがえる。  ──「今回はつけてくれないんですね」  ──「前回は強引に唾つけたくせに」  ──「ほら、つなぎましょう。手」  ──「大丈夫です。どうせ誰も見ていやしません」  ああ、くそ!  話しかけるな! 邪魔をするな!  今日こそ、俺は戻るんだ。  元の、俺がいるべき世界に──  ──「夏樹さん……どうします、これから」
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