第6話

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「……っ」  思わず目を開けた俺は、そのままひどく咳き込んだ。 「えっ、星井!?」 「くそ……くそ……っ」  なんだよ、青野! なんで邪魔するんだよ!  あと少しだったのに……お前の声さえ聞こえなければ、俺は元の世界に戻れたかもしれないのに── (いや、違う)  今回、青野は何もしていない。  俺の脳みそが、勝手に青野の声を再生しただけだ。  咳き込みすぎて涙目になった俺は、勢いのまま立ちあがった。 「飛び降りる」 「えっ」 「瞑想はダメだ……ここから飛び降りる!」 「バカ、よせ!」  八尾が、ものすごい力で俺の足にしがみついた。 「とりあえず落ち着け! 話を聞かせろ!」 「うるせぇ、飛び降りるって言ってんだろう!」  瞑想が失敗した場合は、ここから飛び降りる──もともとそういう約束だったはずだ。  なのに、八尾はそれをさせてくれない。俺の両足を捕まえて「落ち着け」と繰り返すばかりだ。  なんだよお前、あんなに「飛び降り」を推奨していたくせに。この期に及んで、なんで止めようとするんだよ。  結局、根負けしたのは俺の方だった。 「わかった、飛び降りねぇから……いったん手を離してくれ」 「本当だな?」 「本当だって……これじゃ座れねぇよ」  八尾は、まだ疑わしそうな目を向けたまま、ゆっくりと両腕を離した。  俺は、半ば脱力した状態で再びぺたりと階段に座り込んだ。  なんでこうなっちまったのか、自分でもよくわからなかった。  ただ、はっきりしているのは──うまくいきかけた瞑想が、青野を思い出したとたん失敗した、ということだ。 「ありえねぇ」  なんで、あのタイミングで青野を思い出しちまったんだろう。  ナナセでも両親でも、山本や八尾でもない。 (青野のことを、どうして俺は……)  うなだれる俺の背を、八尾が乱暴な手つきでこすった。 「大丈夫か? なにがあった?」 「瞑想……マジでうまくいきそうだったんだ」 「おう」 「なのに寸前のところで……いろいろ思い出しちまって……」  具体的な内容は濁したつもりだったのに、どういうわけか八尾には伝わってしまったらしい。 「青野のことか?」 「……っ」 「やっぱりな。お前、途中からすげー苦しそうだったもんな」  大きな猫目が、俺を覗き込んでくる。 「あのよ。前に訊いたこと、もう一度訊くけど……お前、本当に元の世界に戻りたいのか?」 「……」 「それって、こっちの青野とは会えなくなるってことだけど」  そんなのわかってる。わかっていたはずだ。  なのに、俺は即答できなかった。  かわりに、ただうつむくばかりだった。
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