第7話

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 二度目の満月チャレンジに失敗した翌朝。  俺は、改札の前で立ち尽くしていた。 (青野だ……青野がいる)  わかっている。ここで驚くのはおかしいって。  先日の「由芽ちゃん劇場」以来、俺と青野は毎朝一緒に登校しているんだ。そりゃ、今日も迎えに来るよな。  けど、今日の青野はなんか違う。  どういうわけか、妙にキラキラして見えるんだ。 (……え、網膜剥(もうまくはく)()?)  いや、マジで! 1年のときのクラスメイトが言ってたんだよ。「やけに目の前がキラキラしてると思ったら目の病気だった」って。あれ、すげーヤバいやつだよな。たしか、治療が遅れれば失明する可能性もあるって…… 「お兄ちゃん? なんで突っ立てんの?」  遅れてやって来たナナセが、不思議そうに声をかけてきた。  それで、キラキラ青野も俺がいることに気づいたらしい。眠たげな目をこちらに向けて、軽く頭を下げてくる。  ドンッと心臓が跳ねた。  もしかしたら、身体そのものも一緒にぴょんと跳ねていたかもしれない。  キラキラ青野が、不思議そうに頭を傾げた。「なにやってんですか、夏樹さん」──そんな声が、今にも聞こえてきそうだ。  けど、実際に声をあげたのは、いつのまにか改札を通っていたナナセだ。 「お兄ちゃん? 遅刻するよ?」 「お、おう!」  そうだな、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。  いつもどおりいつもどおり、と念じながら、俺はふたりのもとへ向かった。  できれば、このままナナセにも一緒にいてもらいたかった。けれど、そんな兄の心など知るはずもない妹は「それじゃ、ごゆっくり」とさっさとホームに行っちまう。  ふたりきりになっても、青野の態度はいつもと変わらなかった。 「おはようございます。昨日はすみませんでした」 「……いや」  むしろ有り難かったし。お前と帰らずに済んで。  だって、ヤバい。今日のこいつのキラキラ具合、マジで半端ない。  おかげで隣に目を向けられない。心拍数もどんどん上昇する一方だ。 「夏樹さん」 「はいぃぃ!?」 「いや……なんですか、そのリアクション」  うるせぇ、ちょっと声が裏返っただけだろうが!  抗議のつもりで睨みつけたはずなのに、青野は口元をほんのり緩めた。  なんだよ、そのカオ。そんな目で俺を見るなよ。 (そんな……やわらかな眼差しで)  やっぱり青野の顔をまともに見られなくて、俺は視線を逸らしてしまう。  と、目の前にキーホルダーが現れた。 (……ネコ?)  たしか「ふみニャン」ってキャラクターだ。一時期クラスの女子たちが「可愛い」って騒いでいたから、うっすら覚えている。 「なんだよ、これ」 「どうぞ」 「へっ」 「『欲しい』って言ってたでしょ。たまたま手に入ったんで」  そんなの記憶にない。ということは、欲しがったのはこっちの世界の俺ってことだ。 「ああ、ええと……ありがと」  いちおう受け取ったけど、内心はフクザツだ。俺宛てのプレゼントじゃないのに俺が受け取っちまうなんて、心苦しいし、いろいろ微妙。  なにより、青野がこれを渡したかったのはもうひとりの俺だ。今、この世界にいない「この世界の俺」。つまり俺にあげたかったわけじゃない。 「あ、ええと……代金は?」 「10万円です」 「は!?」 「冗談っす。お金はいりませんよ、プレゼントですから」  キーホルダーを受け取った手を、包み込むように握られる。  俺より骨張った、少し大きめな青野の右手。そこから伝わってくるあたたかなぬくもりに、俺はなんとも言えない気持ちになった。 「あの、青野」 「なんっすか」 「手、離せよ」  ぼそりと口にした要望は、ホームに入ってきた快速列車にあっけなくかき消されてしまう。 「電車、来ましたね。行きましょう」  青野は、俺の手を握ったまま歩き出した。それを振り払うこともできたはずなのに、俺はおとなしくあとをついていった。
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