153人が本棚に入れています
本棚に追加
/191ページ
いつものことだけど、この時間帯の車内はずいぶん混雑している。
そのせいで、隣に並ぶ青野との距離はどうしたって近くなってしまう。
「どうしました?」
「え?」
「なんか今日元気ないっすね。寝不足ですか?」
「……そんなことねぇよ」
ただ否定するだけだったのに、妙な間があいてしまう。
「むしろ寝過ぎなくらい寝たっての」
「じゃあ、寝過ぎて頭がボケてるってことですか」
「うるせぇ、ボケてねぇよ」
つっこみはいれられるくせに、やっぱり青野の顔をまともに見ることはできない。もちろん、キラキラのせいもあるけど、それ以上に──
(顔の距離が近ぇんだよ!)
なのに後ろの会社員、さっきから背中を押してきやがって。これじゃ、青野とさらに接近しちまうだろうが。
(やっぱり好きなのかな、こいつのこと)
じゃないと、こんなふうに意識しないよな。
それに、キラキラして見えるはずもない。……いや、まだ網膜剥離の可能性も捨ててねぇけど。
ようやく、背中を押す気配が消えた。快速列車が大きめな駅に到着したせいだ。ここは乗り降りする客がめちゃくちゃ多い。後ろにいたサラリーマンも、たぶんこの駅で下車するんだろう。
ホッとしたのも束の間、青野の手が俺の背中にまわされた。
「邪魔になってますよ」
こちらへ、というように背中の手に力がこめられる。
抱き寄せられた俺は、この上なく青野と密着した。あたたかな身体。以前おんぶしてもらったときと同じ、スッと刺激するような整髪剤のにおい。
「……っ」
ヤバいヤバいヤバい、心臓が壊れる! 鼓動が速すぎて、今にも破裂してしまいそうだ。
なのに、どうすればいいのかわからない。
自分がどうしたいのかもわからない。
「あ、青野……」
「はい?」
「俺、あの……忘れ物したの思い出したから!」
とっさに思いついた嘘を口走って、俺はむりやり電車から降りた。乗車しようとしていた大学生とぶつかって舌打ちされたけど、構うもんか。こっちは生命の危機なんだ。
(マジで、このままだと心臓がおかしくなるっての!)
夏樹さん、と呼ばれた気がしたけど、俺は振り返らなかった。というか、振り返ることができなかった。電車を下りるとき、勢いがつきすぎてホームに膝をついちまったから。
発着メロディが終わり、背中でドアの閉まる音を聞く。
走り去る快速列車を見送って、俺はのろのろと立ちあがった。
ようやく鼓動が落ち着いてきた──にも関わらず、まだ頬が熱かった。
ヤバい、どうしよう。これってもう確定だよな?
(俺、青野のことが好きなんだ)
最初のコメントを投稿しよう!