後の世の人々について

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後の世の人々について

   社畜が仕事の夢にうなされるのは、小説や漫画の中の世界だけだと皆様はお思いだろうか。  それは違う。  実際、閉店時間になってもお客さんが途切れずにやって来て、焦っている夢を見たり。  お金の計算がどうしても合わず、朝になるまで電卓を弾いている夢を見たり。  過剰な労働を強いられて疲弊した人間は、時折そういう夢にうなされているものだ。  彼女がそうだったように。   ★★★  海沿いの静かな街アートボード。  雑貨屋と宿屋に挟まれて、池の傍に構えている集会所。ギルド『青い月』。  ここでは冒険者に情報や仕事を提供したり、簡単な軽食を楽しめるフードコートを設けている。  彼女はそこで、受付嬢として働いていた。 「ナット、冒険者に配る要注意キャラクターのチラシに不備が合ったから訂正お願い。」  と言われてカウンターの端へ走っていく。彼女の名前はナッシング・シンデレラタイム。通称ナット。 「ナット、初級冒険者に無料で貸し出す装備が修理から返って来たから、在庫確認お願いね。」  と言われてまた受付カウンターの反対側の端まで走っていく。忙しない後ろ姿はまさに社畜の動きだ。 (もぉ~。なんで全部アタシに言うかな~。)  と思っているけど口には出さない。肩にかかるほどのセミロングのブロンドの髪に、クリップで斜めに分けた前髪。ギルドの受付嬢の制服を、二の腕まで袖を捲り上げて着用している。  胸に光る金色の名札。ポケットにはナイフとペンと連絡用呼応石がいつも入っている。 「受付さん、何か新しいクエスト入ってる?」 「お姉さん、こっち酒足りてないよ!」 「山頂のゲートはもう開通した? 」 「調査の報告書を読んだけど、別件でまた依頼するにはどうすれば?」  右から声をかけられて走り、左から声がかかってメモをとり、クエストボードまで呼ばれて走って、問い合わせの確認の為にカウンターへと駆け戻る。  ギルドの受付はいつも混雑していて落ち着かない。賑わいと喧騒の日々だ。 「ひえええ…。」  というナットの小さな悲鳴が掻き消されていく。  ギルドは木造二階建ての建物で、中央に大きなクエストボードを据えて、その傍らにサービスカウンターを設置している。  飲食用のテーブルや椅子、ワインの樽が壁際に寄せて並び、多くの冒険者と呼ばれる下級労働者が日銭を稼ぐ為に仕事を受注していく。 「南の森で荷車にキャラクターの群れが突っ込んだらしいぞ。後始末はどうなってる?」 「国境沿いで術士がキャラクターの封じ込めに失敗したらしいな…。まだ辺りを捜索しているって。」 「王都の付近は相変わらず物騒だ。ここは田舎で良かった。」  二百年前の戦争の最中、兵器として生み出された『キャラクター』と呼ばれる異形の怪物。  そのキャラクターが主を失い、世界に種として根付いた世界。キャラクターは人々の生活を脅かす存在となり、人々は自ら生み出した『キャラクター』との共存と敵対の狭間に揺れながら暮らしている。 「こんな時代だから、みんな安全な城壁のある大きな都に住みたいのね。田舎はすっかり過疎化が進む一方で。」  そう言って、美しい輪郭の頬に手を当てる。  ナットの上司であり、このギルド『青い月』を取り纏める支配人。テイジデ・サキカーエルさんだ。  ゆったりとした白いドレスに、肩にショールをかけている。いかにも深窓の令嬢といった雰囲気だが、ただの田舎のオバ… 「という訳で、掃除のアルバイトさんが抜けちゃったから、ナット悪いけどお願い出来る?」 「え? いや、アタシこれが終わったら調査に派遣するギルドメンバーに連絡を…。」 「お願いね。」 「でも休憩も行けてないし…。」 「頑張って稼いで! 若いんだから!」  グッと胸の前で拳を握って応援されて、断ることは想定されていないことに気がつく。 「…若くないです。アラサーです。」 「私より若いじゃない。私なんてアラハンドレッド過ぎてるんだから。ね?」  とてもそんな風に見えないが、支配人の正体はギルド内でも意見の別れる謎多き存在なのだ。  たぶん百は軽く超えてんな。人生三週目に差し掛かってるんじゃないか。 「…はひぃ…。」  ナットの勤労は続く。 ★★★  東側に広がる海と宝島。西側は鉱山に囲まれ、豊富な呼応石を産出している。資源の潤沢したアートボードの街は、戦争の終結後、辺境の大自然と共に静かに復興を遂げて来た。  そんな穏やかに見えて激動ともとれる世界の最中に生きるナット。彼女の唯一、人とは違う特別な事情は…。 (私、前の人生でも社畜だったんですけど?)  前世の記憶を思い出したこと。  閉店後のギルドに残り、薄暗い集会所の中でモップをかけている。  傍らに取っ手の無いバケツを添えたナット。 (以前の私の名前は 旗良木 杉子。田舎の劣悪な労働環境で四苦八苦した末に過労で倒れたんだった。)  入った途端に辞めていく根性の無い若者達に、残業マークだらけのシフト表。閉店時間後も居座るアナログ時計が読めない客に、頭と効率の悪い上司。いざという時に役にたたない現場知らずの会社の役員共。  ストレスの解消に買った自律神経が整うCD十枚以上、枕を変えた回数五回以上、バレンタインデーに自分にあげる労いのチョコレートを毎年買ってあげている社畜の中の社畜。彼氏おらん。 (前世の記憶を取り戻したからって、何かの役にたつわけじゃなし。結局何も変わってない。むしろ、このままだと前世と同じ運命を辿る事になりそう。)  低賃金重労働。  なのに保険とか色々引かれて手取りの少ない給料明細。家賃。光熱費。住宅ローン。 (それだけは、絶対に嫌…! なんとかして回避しないと。せめて何か一つくらい人生に希望があれば…。)  思い返せば、あの頃のこと。  コミック誌で連載していた漫画の推しキャラを支えに、かろうじて生きていた。  見習い中の魔法を使ってパフォーマンスをする、幼い男の子とキュートなモンスターのステージ活劇。 『モン×ドル・コンテスト ~小さくて可愛い男の子は好きですかっ?~』の主人公、ショタくんだ。 (ショタに会いたい…! ショタ成分が足りてない…!)  ポップでキュートなパフォーマンスに、ちょっぴりえっちな衣装がアクセントになっていたショタ好きのショタ好きによるショタ好きの為の漫画だった。  アニメ化は大人の事情により寸前で防がれたが、コアなファン層を獲得し、主に大人のお姉さま方がお金を落としていった伝説のコミックだ。 (なーんて…、そんなこと言ってる暇あるなら寝た方がマシか…。)  ギュッと音をたててモップが床を擦る。これで一通り掃除は完了だ。 「テーブルも拭いたし、クエストボードも綺麗に張り替えたし…。こんなものかな。」  窓の外はすでに陽が落ちている。ランプの火も寒そうだ。  ザッとカウンターの中から全体を見回してから、ナットは集会所を後にした。
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