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その正体と感傷について
守る為に奪うもの。
必要とされ忌み嫌われるもの。
傷つけば壊れるもの。
壊して傷つけるもの。
誰からも愛されないもの。
誰にでも平等なもの。
力として振るわれるもの。
歴史となって語り継がれるもの。
★★★
「あっ、……」
何かにすがるように手を伸ばして、その手が空を掴む。
目を覚ました。陽がまだ昇っていない。
薄暗い部屋の中は、散乱した衣類やゴミの飽和する空間で、どことなく空気が淀んでいる。
肌に触れる温もりを感じて隣に視線を向けると、ブロンドの髪を持つ美しい女性が寄り添うように眠っていた。
よくある朝だ。
「おねーちゃん…、巻き込んでごめんな…。」
狭い部屋の中を圧迫するベッドの上で、目を覚ました。ぴょこんと前髪の跳ねた黒髪に、赤い瞳を持つ少年。
暖かい掛け布団から這い出して、裸足のままでベッドを離れる。
家主が起きる前に、シャワーを借りることにした。
シャツが汗で湿っている。嫌な夢を見ていた。
(…ん? …寝てた……。)
頭の中で、もう一人が目を覚ます。この感覚にもだいぶ慣れてきたものだ。頭の中で考えている時は、自分の思考だったり、相手の思考だったりする。
不思議と不便じゃない。
どちらかが考えている時は、もう一方がスリープ状態なだけだ。
「寝てていいぞ。シャワー借りてくるわ。」
と口にしているのは自分で、
(ごめんね…、あんまりお外に出たくないって言っていたのに。いつも早起き出来なくて。)
と考えているのはもう一人の方だ。
そんな事を寝ぼけた頭で考えたかと思うと、スンと静かになるので、(つまり何も考えていないようなボーっとした状態になるので、)また眠ってしまったのだとわかる。
どちらも何も思考していない時にしか感じる事の出来ない、この、ボーっとしてる状態。
こういう時にハッとして、あぁ、今は俺が考え事をしていいターンなんだなと思う。
こういう感じです。
「一緒にあの地下室を抜け出してから随分経つし、だいぶ打ち解けたと思うが…。」
常に二人で行動しているので、一人になった途端に気が抜けたのか、独り言が漏れる。
狭い部屋を一度出て、外付けの短い廊下を進み階段を降りて屋外へ。早朝の外気は冷たい。一階のアンティークショップの裏手に、ランドリーとシャワールームがある。
三歩進めば壁に当たるような、ほとんど個室という広さしかない。そこに申し訳程度のシャワーと、作り付けの作業台。
「負担をかけすぎているのか…。度々、女の家に転がり込むのは。」
二人は別の生き物であって、一つにすることで作り出そうと試みられたものだ。
『戦争をした生き物』と、『戦争の為の道具だったもの』を一つにして、『兵器』と成す。
人間と、キャラクター。
その狂気と闘争本能に魅せられた者が犯した禁忌の実験は、いずれ王都を悪意に染めるだろう。
「どちらも幼いものを実験体として採択したのには、その後の洗脳教育、所謂、刷り込みの段階で出来る限り余計な情報を省く為だろうが…。」
扉を閉めて施錠し、借り物のシャツを脱ぐ。濡れないように作業台の奥の方へと詰めて置き、シャワーの蛇口を捻った。
「誤算があったとすれば、俺がただのおとなしい子供じゃなかったことと、アイツが極めて闘争心の薄い個体だった事か。」
先の大戦の最中に、人間の手によって作り出された異形の怪物、キャラクター。
戦争の終結後、混乱の中で人の手を離れた多くの個体が、独自の繁殖力で種としての存在を確立した世界。
今の時代に生きているキャラクターは、当時の戦争で使われた個体とは違う。中には攻撃的な性格を削がれたおとなしい個体も珍しくない。
「もう戦争はさせない。俺達はどこまでも逃げきって、そしていつか裏切者をこの手で仕留める。」
熱いシャワーが体を火照らせていく。頭から勢い良く叩きつけてくる水圧が、身体に使命を覚えさせるようだった。
★★★
ショタは可愛い。
「ショタくーん! こっちむいて~!」
と言って呼び掛けられて、顔を上げるが誰もいない。ナットはベッドの下にひゅっと隠れて見つからないようにしているからだ。
でも呼ばれたはずだから、ショタくんはキョロキョロ。
「おねいさん…? どこー?」
今日もセーラー襟の服に黒いハーフパンツが可愛いショタくん。キラキラした光が入った青い瞳は宇宙。
今は朝ごはんのパンとスープで、頬袋をいっぱいにしている。ショタという限られた時期にしか存在しないこの頬袋というものの価値は計り知れない。
「おねいさん…?」
ショタくんはしばらくキョロキョロした後、首をひねりつつ諦めます。朝食に興味が戻ったのか再び食事を進める。
「ショタくーん!ショタくんてばー!」
ともう一度呼びかけると、ショタくんは今度こそナットを見つけようと、さっきより早い速度でビクッ。
「おねいさん、どこー?」
わざわざ食卓の席を立ってくれます。そしてベッドに上がって隠れられそうなところをチョロチョロ見回し、ついにナットを発見してくれました。
「あ! おねいさん、みーっけ!」
「可愛いいいいい…!」
おねいさんは泣いてしまいました。
このアホみたいな遊びを考案した彼女の名前はナッシング・シンデレラタイム。通称、ナット。
ギルドの受付嬢として働くショタコン社畜な大人のお姉さん。
前世では働くだけ働いて自分の貯金で遊ぶ暇も無く過労死した彼女は、今世こそ生き甲斐を持って希望と共に生きることを夢見ている。
という綺麗な理由を盾にして、家出少年を自宅に連れ込んでいる。
「もぉ~! どうしてそんなに可愛いの…!」
ベッドの硬いところに額をガンガン打ち付けるナットを見下ろして、ショタくんは唐突な無表情。
「おねいさん、ごめんね?」
と謝罪の言葉をこぼした。
彼なりに思うところがあって。
「ようし! ショタくんに美味しいご飯買って、えちえちなステージ衣装も買うために、今日も頑張って仕事行ってくるね!」
でもナットさんは、そういう真面目な話は全然聴いてませぬ。
ベッドで遊んでいたかと思えば、勢い良くガバァと立ち上がり、枯れきってもうどうにもならないような窓辺の葉っぱに水道水をぶち込んでから、鞄を持って玄関へ。
かと思えば、
「はぁ…本当に行かないとダメかな…。アタシなんかいなくたって上手く回っていくよね、きっと…。もうお腹痛くなったことにして休もうかな…。」
急激な虚無顔になって、その場でへたり込む。
社畜の朝ほど精神不安定な世界はない。
「おねいさん、お腹痛いの?」
ショタくんは一度テーブルに戻り、ちゃんと手を合わせて「ごちそうさま」してから、ナットの様子を見に来てくれる。
ナットは玄関マットになってます。なんかゴワゴワしてる。どうしても仕事に行く気にならない朝はある。
仕事を辞める度胸は無い(だって再就職出来なかったら生活どうなるのっていう不安あるし)、でも仕事をどうしても頑張れない(疲れた。休みたい。やりたいことが出来てない。寝たい。)という気持ちの狭間で、社畜は常に揺れているのだ。
頑張ってるんだけどね。
気持ちに生活がついていかないっていうか。
こんなに貯金あるじゃないですか、休んでも大丈夫ですよって誰かに言われたとしても、人間が死ぬまでに必要な金額のトータルというのは死んでみないことにはわからないのだ。
だから漠然と不安は残る。一分一秒が過ぎる度に、こんなことしている間に働いた方がいいんじゃないかと不安になる。
低賃金重労働社畜病です。
「おねいさんのおなか、大丈夫大丈夫。」
そんなメンタル絹豆腐なおねいさんの傍らに膝をつき、ショタくんの温もりのある小さな手が、おねいさんのお腹をサスサスしてくれた。
「おねいさんのおなか、元気になーれ。元気になーれ。」
魔法の時間です。
この時間だけ汚い社畜の自宅にキラキラ補正をかけて想像して頂けると助かる。背景はね、ピンクです。
上の方はピンクだけど下の方は白になっていくグラデーションでいいかい? そして輝く光の粒がチラチラと雪のように舞っている。
病み社畜ショタコンおねいさんに、ショタくんから御褒美のお腹サスサス。ちょっとセクハラ行為だがショタだから無罪。
「しょ、ショタくん…!」
連日の労働で心身共に疲れきっていたナットの心がシュワワとサイダーの泡のようにほどけていく。
この年頃の子供が見せるとは思えない大人びた表情で、ショタくんはナットに向けて微笑みかけた。
天使かな?
「今日も一日お仕事頑張ってね。おねいさん!」
この時のナットさんの仕事に行く前とは思えない鼻水の量に注目。
「頑張る…! 頑張れるよ…!ううあショタぐん…ありがどうっ…!」
泣いてる。
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