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甘美なる出張業務について
神がかった幼少期男児の可愛さは続く。
ナットの職場は田舎街のギルド。
冒険者に仕事を仲介したり、武器や防具等の備品を管理したり、周辺の土地の情報を広報したり、街の特産である呼応石の販売を取り仕切ったりと仕事内容は多岐に渡る。
ギルドの受付は常に混雑し、それを切り盛りするナットの体力消耗は激しい。
カウンター仕事だけではなく、仕事の合間に連絡業務もかなり多い。
「ナット、この採集クエストの完了報告は連絡済んでる?」
「こっちの物資運搬の依頼、受取人との待ち合わせ場所が記載されていないけど?」
「あれから連絡来ないけど、新しく仲間になった冒険者の登録手配はどうなってるの?」
「こっち酒足りてないよ! 酒!」
一日に二百人ほどが訪れるギルドを五人で回しているこの職場。ナットの他に女性職員が一人と、男性職員が二人。支配人の合わせて五人で、受付担当はナットただ一人だ。
ナットの目も回っている。
ギルドの中には飲食スペースもあり、職員二名はそちらにかかりきり。ナットも配膳くらいなら手伝うことがある。
荷物や食料が入荷したり、他の街のギルドへ送るものがあったりと、もう一人の男性職員は搬入作業や移管作業で手が空かない。支配人は主に事務や経理の取り纏めや、他地方のギルド支配人との連携や会議に出席している。
(アタシだけが忙しいわけじゃない…! 忙しいのは皆一緒! それはわかってる! でも、だからこそ何も言えない!)
誰か一人くらいサボリの常習犯がいたりしてくれれば、文句の言いようがあるんだが。
どこの職場もね、そう。
目が回るほど頑張っている人間が、仕事が出来ないわけでも、虐められているわけでもない。
ただ、皆忙しいんです。
忙しいのは、皆一緒です。猫の手は誰だって借りたいのだ。
悲しいかな、これが現実。社畜の実態。
ではここで、ショタの手を借りた場合を見てみましょう。
「受付さん、これハンコ貰うだけなんで、先してくれない?」
とか言って順番抜かして来るコイツはなんなんだよ。後ろに並べよ。と思うナットは、この時、他のお客様の相手をしていたのだ。
ちょっとのことだから先して欲しいのわかるけどさ~。皆列に並んでんだから並んでろよ。一分一秒が待てんのかお前。犬以下が。
と思っていた矢先、あぁなんか可愛いのが奥から走り込んで来ますね。
(ん? ショタくん?)
ナットの視界の端に入ったのは、セーラー短パンの上に水色のエプロンをつけたショタくんが、朱肉を片手に駆けて来る光景だった。
何故ここに?
「スタンプさん、はいはーい!」
という安請け合いの下、横から突き出された書類のところへ、カウンターの上に乗ったショタくんの真っ赤な手がやってくる。
真っ赤になっている理由はね、手に持ってる朱肉です。でして、その手を結構重要な書類の真ん中らへんにテキトーにぺたり。
スタンプしてくれる。
天誅。
「えええ!? いや、何やってんの!? 」
このえげつない諸行に、ナットもびっくりだが書類を出した当人も驚愕である。
そらそうだわな。
まぁびっくりするよね。普通。でも子供のする事なので本気でキレても得るものはない。
「スタンプさん、どーぞー!」
ショタくんたら開放的な笑みで来る者拒まず無限に成長手形を押してくれるらしい。
(と、ととと尊いいいいいい!)
これは無理。
可愛すぎる。
どうしていいかわからないっていうか、自分の全身にも余す余地無くスタンプして欲しいがすぎるので、ナットも何も言えなくなってしまう。
収拾のつかないこの状況で、ただ重要書類を前にして犬以下がキレるのみだ。
「ど、どうしてくれんだよ。…え? これ大丈夫か? 書き直し?」
さすがにショタくんを怒鳴り散らしたりはしないところ、冷静なんですね。なんでその冷静さを列に並ぶことに生かせんのや?
「あ、あの、えっと…。」
ナットもどう対処していいのかわからないので、受付カウンターの中でオロオロしてしまう。
こんなこと現実にあるんやな。
するとそこへ現れたのは、ナットの上司でもあり、このギルドの支配人でもある人物。テイジデ・サキカーエルさんだった。
「あらあらナット気にしなくていいのよ。その子はうちの新しいバイトさんだから。」
笑顔でそう言った彼女の言葉に、ナットは唖然とし、犬以下は訝しげに眉を寄せる。
ホワイトカラーのゆるふわドレスに、風が透けるショールを纏った上品な佇まい。その容姿には誰しも妙な説得力を感じるらしい。
「こんな子供がアルバイトかよ…。」
と信じ込む横入り野郎。
そこにテイジデさんは畳み掛けていく。
「その子が押した手形はギルドの承認印として正式に認めているんです。だからその書類は、このまま受け取っておきますね。」
と言われれば文句は言えまい。
「まぁ、それでいいなら…。」
と書類を提出して面倒な客はすごすごと帰ってゆく。テイジデさんはカウンターの上に乗っているショタくんと、パチンとハイタッチを交わした。
「いえーい☆」
「いえーい☆」
この一連のやりとりから察するに、ショタくんと支配人はすでに意気投合しているようだ。
たった一人でも神経を逆撫でしてくる野郎が目の前から消えるだけで、社畜の精神的回復は大きい。
「支配人…ショタくん…。有難う御座います…!」
ナットは全力で二人を拝んだ。
仕事は助け合いだよ。
社畜はたくさん働く分、困っていたら助けてあげなくちゃと周りの人がいつも見てくれているものなのだ。
働くことは、人と繋がることでもある。
「スタンプさん、はいはーい!」
でカウンターへ乗り上げ、
「クエストさん、はいはーい!」
で手配済みの依頼書を取り下げ、新しい依頼書をクエストボードへ掲示していく。
「お酒さん、はいはーい!」
で料理をテーブルへ。
いつの間に支配人へ面会しエプロンまで借りたのか、ショタくんはすっかりギルドの一員だ。
ナットの仕事を手伝い、怒涛の忙しさを誇るギルドの受付カウンターの中を、右へ左へ走り抜ける。
自分自身も仕事をこなしながら、そのショタくんの活動の息吹きを背中で感じるナットは、
「愛しいいいいい…!」
が止まりません。
一生懸命すぎて髪の毛が汗でビチョビチョでも可愛い。
(なんでこんなに一生懸命なんだろう可愛いいぃ…!酒呑みのおじさんに絡まれてるのすっごく美味しい!)
ショタくんは呑んだくれの老兵に「おぉ新入りか。可愛らしいのが来たな。」と声をかけられ、「そうなのー。えへへ。」と慣れた対応。
それを見てナットはカウンターへ勢い良く頭を振り下ろしている。
そのナットが常に持ち歩いている連絡用呼応石とは別に、ギルドの中には固定の呼応石も置かれている。
クエストボード側のカウンターの端。乱雑に置かれた初級冒険者用の貸出魔導書の隣だ。
丸い皿のような台座の上に、白い結晶石が乗っけてある。その石が震えて皿にぶつかりキンキン音をたてると着信の合図だ。
「あ、電話…。」
思わず前世で使っていた言葉が口に出てしまう。ナットは頭を振るのを止めて体を向けるが、その前にショタくんがまたパタパタ走っていく。
「おでんわさん、はいはーい!」
広いカウンターの中は、ナットでも走り回って目が回るほどなので、ショタくんが端から端まで行こうと思うと全速力だ。
急いで呼応石に辿り着くと、ショタくんは朱肉のインクで所々赤くなっている手を伸ばす。
連絡用の呼応石は、手をかざすことで離れた場所の相手と繋がる仕組みだ。
「はぁはぁっ…。もしもしー?」
こんな可愛い生き物に電話の向こうから「はぁはぁ」されて「もしもし」されたら、ショタコンは死ぬ。
ショタくん電話対応まで出来るかしらとナットは心配したが、ぬるっと隣に迫って来ていたテイジデさんがすかさず一言。
「手伝っちゃだめよ。」
「わ! びっくりした…。でも心配じゃないですか?」
ようやく窓口対応が落ち着いて、ナットは今季節の飾り付けを作っている。
それ何? バナナ?
「あの子、おねいさんのお手伝いしたいのって、張り切って入社して来た期待の新人なんだから。ガンガン仕事を覚えてもらわなくちゃ!」
胸の前でギュッと拳を握って、幼児を相手に残酷な事を言う支配人。
ナットは微妙な笑顔で返しておく。
でもショタくんがナットの仕事を手伝おうと、オウチからここまで一人で頑張って歩いて来てくれた時間を考えると爆発しそう。
「それに、仕事はすごく大変なの。ナットもそうだけど、毎日毎日、職場に仕事なんかしに来ちゃダメよ。仕事の中にある楽しい事を見つけて、それをしに来なくちゃ。
例えばクエストボードの依頼書をすごく真っ直ぐに貼るとか、電話を誰より先に三回取れたら帰りにカフェで一杯コーヒーを飲んでいいとか。
自分で楽しみを作って、それをするつもりで来ないと。真面目にやってたら疲れちゃう。」
それはなんとなく、ナットにもわかる。
本当に仕事だけしようと思うと、出勤前の玄関で座り込んでしまうのだ。
「帰りに何か買う予定を作っておいて、そのことだけ考えておくとか、あとは…。
仕事場にいる可愛い子を見つけて、その子を手伝うつもりで自分の仕事をするとかね。」
そう言われてナットの胸はキュンとときめく。
ショタくんが頑張っている姿を見ていると、ナットもいつもより頑張れる。テイジデさんはその事を、すでに察しているらしい。
「はい。有難う御座います。なんか元気出て来ました!」
ショタくんはたどたどしい口調でどうにかこうにか電話の相手と話をつけると、忘れないうちに内容を全て紙に書きつけて、ナットのところへと走り寄って来た。
水色のエプロンがパタパタ揺れて、短パンの裾と白い生足がチラチラ見え隠れする。
魅惑のチラリズムです。
「おねいさん! ちょっとお出掛けしてくるね!」
「お出掛け?」
ナットはしゃがみこんでショタくんと視線を合わせた。
「ショタくん、どこ行くの?」
「おでんわさんが、呼応石を隣街でお受け取りなの!」
「ほぉ。」
ナットがたまに使ってしまう返事。ほぉ。あんまり女の子らしくないのはわかっているのだが、想定外の話が出てきた時などに、ひとまずその話を納得して飲み込もうとしてこの音が出てしまう。
「ショタくん、それ相手先のお名前わかるかな?」
「えっと…、コンカイノ・モブキャラさん。」
「あぁ!」
と声をあげたのはナットではなくテイジデさんだ。胸の前で手を合わせ、パチンと音を出す。
「その方なら、さっき商談がまとまったのを確認したわ。あとは商品である呼応石を届けて、商品代と手数料を足したお金を受け取って終わり。」
呼応石はこの街の鉱山で採れる石で、街の重要な資源であり資金源である。その為、転売や市場荒らしが無いように、ギルドも積極的に取引に介入し、取り締まっている。
「呼応石の取引はギルドの数ある仕事の中でも大事な仕事の一つなの。商品を運ぶにはギルド責任者の他に、荷物を守ってくれる護衛をつけないとね。」
「キャラクターに襲われた時の為に、戦える冒険者の方を雇うんですね。荷物を狙う盗賊もいるかもしれないし。
…ショタくん、そういうことだから、ショタくん一人では行けないんだよ。」
「そうなんだ。」
ショタくんあっさり納得。なんか勢いで隣街まで走って行きそうだったが、働いて息があがるほど疲れていたこともあって、スンと静かになる。
「同行する冒険者の手配が出来たら、ナットも一緒に隣街まで行ってあげてくれる?」
そんな話が、ポンとナットのところへ回って来た。
「え? アタシですか? でも、まだ、休憩も行けてないし…。」
「それじゃあ、新人バイトくん一人で重たい呼応石が詰まった箱を背負って隣街まで行って貰うしかないかしら?
途中で過酷な獣道を抜けて服がボロボロになっちゃうんじゃないかしら…。川に落ちて服が透け透けになっちゃったりしないかしら…。心配ね…。でもナットが休憩入るなら仕方ないわね。心配ね…。」
(ショタくんの服が歩くほど破れていく仕様で、濡れ透けも有るだとおおおぉ!?)
誰もそこまで言ってないけど、かなり具体的に頭の中で思い浮かべる変態妄想癖ショタコン社畜。
※ヤバいステータスが次々に増えてる。
「拝見しt…そ…阻止します! 同行して阻止します!」
謎の敬礼と共に宣言したナットの声は、地底から響く地鳴りのように低い音。
おじさんじゃないから安心してね。うへへっ。
「そう。良かった。それじゃあ、よろしくね。」
ニッコリと朗らかな笑みを浮かべ、テイジデさんがそう告げた。
自分は定時で帰りたいのだ。
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