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一途な想いと志について
いつも一生懸命に頑張っている、あの人。
いつも元気を貰っているから。
勇気を出して声をかけてみようかな。
たまには。
「これ、受けます。仕事。」
しまった。カタコトになってしまった。緊張しすぎた。
通い慣れた街のギルドの受付で、初めてマトモに彼女に話しかけた。
普段は友人と来るので、自分で受付に声をかけて仕事を受注した事が無い。
「こちらですね!有り難うございます!」
さっきまで態度の悪い客の悪態を小さな声で吐き捨てていたのだが、即時切り替えでこの対応。今日も頑張ってるな、この子。
受注したのは一人でも達成出来そうな荷物の護衛の仕事。物凄くでかい字で『急募』とあるので、何か役に立てればと思い受注した。
一人で仕事してみるのもいい。たまには。
「支配にーん! 護衛引き受けてくれる人が見つかったので、アタシとショタくん行きますねー!」
カウンターから轟音ボイスで、離れた所で接客していたギルドマスターに何か業務連絡している。
こんなに声張れるんだな、この子。ちょっとイメージと違…、ちょっと意外なところを発見。
おとなしそうというか、地味な印象しかなかった。そこがいいんだけど。派手な印象で気の強い人はちょっと苦手。
「こちらの仕事なんですが、ギルドから出張する担当と荷物の用意は出来ていますので、すぐに出発になります。大丈夫ですか?」
あっセーブしたり装備整える時間ないやつか、これ。
まぁいいわ。
初見殺しな友人に鍛えられているおかげで、常に臨戦態勢になっている俺氏。
※暗殺者みたいなスキル。
「大丈夫です。すぐ行けます。」
と答えると、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
「はい!了解です。それでは参りましょう!」
「え? 受付さんが来るの?」
珍しい。
ていうか普通に会話を続けてしまった。
「新人さんが一人で行くのが心配なので、今回はギルド側から二人同行することになりまして…。」
「あー! そうなんですか。わかりました。」
何がわかったんだ?
大丈夫か?
待って。急展開すぎて超焦ってるよ俺。
「ショタくうぅぅん! お出かけ出来るよー! お外出るからお帽子被ろうね、もちろん麦わら帽子だよね…はぁはぁ…水筒はワンタッチでカポッと開いてストローでちゅうちゅう吸うやつにしようね…はぁはぁ…。ショタくんのお出かけコーデ見れるだけでめっちゃ興奮する…!」
新人さんとは、あんなに小さい子なのか。ちゃんとお世話してあげて偉いなぁ。彼女、子供好きなんかな。
「はい、ショタくん。支配人に『いってきます』しようねー。」
「うん。サキちゃーん! いってきまーす!」
「あらあらショタくん。可愛い帽子に可愛い水筒下げて。いってらっしゃい。お荷物は? 持てる?」
「あっ。荷物はアタシが持ちますよ。ショタくんに重いもの持たせたくないんで。持てると思う…持てる、は…ず…ふんこらせいっ! ほら、持てた。」
「さすがナットは相変わらず馬鹿力ね。」
「うへへっ。長きに渡る社畜生活で身に付いたんですけど、なんかコツは腰じゃなくて膝を使うことみたいです。」
仕事のコツまでしっかり身に付くほど、よく働いているんだなぁ。
あんな重そうな木箱を、小脇に抱えてこっちに走って戻って来てくれるぞ。
「冒険者さん、お待たせしました!こちらの担当は私、ナッシング・シンデレラタイムです! 宜しくお願いします!」
はっ。やべ。
意識飛んでた。
「ミノラヌ・カタオモイです。こちらこそよろしく。」
★★★
空は青い。
この世界にも空が青くて雲が白いという常識は健在です。雨も降るし、森が水を貯めて、川が流れて、水が海に至るまでの循環システムも存在する。
わりと普通。
その天気のいい午後のこと、街の出口から森へ続く道を、ナットとショタくんとミノラヌはぽてぽて歩いていた。
土が剥き出しの地面。道沿いには緑の草花が元気に伸び放題。木々も立派に太いところを見ると、この森には栄養がたくさんあるんだろうね。
「ショタくん、足下気をつけてね!」
というナットの少し前を、ショタくんはおててを振り振り元気に歩いている。
水色エプロンを置いて来た代わりに、麦わら帽子に肩から水筒を下げたショタくんだ。遠足スタイル。
横にミノラヌが並んで歩くので、ショタくんの手足の短さがこれでもかと伝わってくる。
「こんな可愛い生き物が道を歩いてたら間違いなく誘拐されちゃうっ…。」
自分がしていることも似たような感じだということを気がついていないふりでスルーしていくショタコン。呼応石が詰まった重い木箱を、持つのが面倒くさいので脇に挟んでいる。
筋力ではなく二の腕についた脂肪で固定しています。脂肪がついていれば大体のことはなんとかなるやろ。
「ミノラヌさん、しっかり護ってくださいね!」
ナットの熱い期待の眼差しに、雇われ兵のミノラヌはしっかりと頷いて返した。
「勿論。大切な商品とシンデレラさんのことは、任せてください。」
白い布の服に、野球で使うプロテクターのようなものをつけている。武器は物干し竿。
だいぶ初期装備感が強いミノラヌ傭兵。装備をチャンネル登録者に買って貰うアップデート式でやってる。
「あ、アタシと荷物は最悪の場合どうなっても問題無いので。ショタくんだけは護ってください! ショタくんを最優先で!」
そのミノラヌ想いを彼方へ放り投げるナットの暴投。
「え、でも呼応石って貴重だし、女性を優先するのが護衛の基本…。」
「それは基本。アタシが頼んでるのは応用。宜しくお願いします。」
社畜は基本しか出来ない人間に用はないです。
「は、はい…。心得ました…。」
この人の前ではメモとった方がいいよ。
「おねいさん、どこまで行くのー? ずーっと真っ直ぐー?」
道もわからないのに先陣を切って進む、失敗を恐れないショタくん。
ここまで分かれ道は無く、道はやや登り気味の傾斜。その道を根気よく上がり切ると、突然左側だけ視界が開ける。
そこは大木の根元だった。
「わ! おっきな木!」
大きなおめめのショタくんが、おくちも大きく開けて感嘆の声を上げる。ナットやミノラヌの頭の遥か上に最初の枝がある大樹だ。
幹周りは数十メートルにもなるだろう。
それがぽっかり開けた草原に立ち、根を地表へ張り出している。
「街の中からだとよく見えないけど、昔からここにあるんだよね。街を護る御神木みたいなものかなぁ?」
前世の言葉も交えて説明するナットを、不思議そうにミノラヌが見つめる。独特な言葉選びをする人物だと思われているようだ。
悪い印象では無いが、この世界では喋るだけで少し目立ってしまう。
「これを神の木と呼ぶのか、シンデレラさんは。可愛いなぁ。聖霊が住んでいることには間違いないですけど。」
「聖霊って?」
ショタくん、わからないことはミノラヌでもなんでも、手近にいる人に聞いてみる。
「聖霊っていうのは、人間やキャラクターよりも前、創世の時代からこの世界にいるとされているものだよ。
呼応石を使って、自然のエネルギーを呼び出したりできるのは、この聖霊が光や水なんかの自然の力を作り出してくれているからなんだ。」
「ふーん…?」
ショタくんの、わかったようなわからないような微妙な返答。ミノラヌはショタくんの側に膝をついて、
「ちょっと難しかったかな。」
と笑ってくれる。
エレメンタル的なアレってことで解釈してください。
一番手前の根の太さが、ショタくんの細い体の倍くらいあるこの大樹。いくつも絡み合う根の向こうに、ようやく大木の幹がある。広葉樹。この森の歴史と風格を一手に担っている。
「戦争の後には随分と数が減ったらしいけど、アートボードの周辺は聖霊の数もだいぶ豊かに戻りつつある。
最近ではキャラクターの突然変異種で聖霊を食べる個体もいるらしいから…、」
ザッ
と音をたてる程の素早い動きで、ミノラヌが一歩後退。
足下の土と草を踏みしめる。姿を見るより前に、何か近寄って来ている気配を察知したようだ。
「んっ? なに、」
と発した声に呼ばれるように、太い幹の後ろからひょっこりと何か顔を出す。
キャラクターだ。
たこ焼き鳥。
と、ナットが心の中で勝手に呼んでいる種。丸々とした大きな体でポンポン飛んで移動する鳥。体と羽は濃い茶( ソース)と薄茶(生地)のグラデーションで、頭に苔(青海苔じゃん)が乗っている見た目で、ナットは勝手に『たこ焼き鳥』と呼んでいる。
ちなみに羽はあるが、基本飛ばない。転がる方が速いから。ナットも最近、歩くより転がる方が速いような気がしている。
「なんだ、オオバンヤキか…。」
正確にはオオバンヤキという名前の種類のキャラクターです。
嘴が横に大きく、ナットの前世の生き物に例えるなら、顔はカモノハシに似ている。
「キャラクター?」
気温も高くハイキング日和だったので、完全に油断していた。
まだ街にほど近いこともあり、逃げることも、助けを呼ぶことも出来るので、緊迫感はそれほど。
ただ、ナットは我が身よりも先にショタくんの華奢な身体を保護する。
「ショタくん、こっち来てようね。」
ナットもギルドの人間として、野生のキャラクターに遭遇した時の対処くらいは慣れている。
「大丈夫。戦争当時、偵察用に作られた害の無い種だ。闘争本能は低い。」
気配を察知した時には背中の物干し竿へ手を掛けたものの、ミノラヌが武器を抜くことは無い。
「雛がいる巣に近寄ると攻撃されることはあるけど、こっちが手を出さなければ何もしてこないですよ。先を急ぎましょう。」
「やっつけないの?」
という子供の単純にして残酷な質問。
「うん。その必要は無いってコイツが言ってる。」
そのショタくんにかがみこんで視線を合わせ、ミノラヌは背中の武器を示した。
ちょっと短めの物干し竿。紐をくくって背中に背負っている。
先端には小さな宝玉に加工した呼応石が二つ。金色の金具で竿に固定されている。
「おにいさんは、武器とお話し出来るの?」
「そうだよ。コイツと色々なことを相談して決めるんだ。道に迷った時とか、倒すべき相手を見極める時もね。
武器は街の皆を護ってくれるし、仲間を助けることも出来るけど、コイツに必要以上に罪を犯させたりはしないし、無駄なものは切らせない。それが武器を持つ冒険者としての、最低限の資格かな。」
これもちょっと難しいね、とミノラヌはまた眉を下げて笑った。
凛々しい顔付きでもなく、貫禄のあるオーラも無い片想い青年。しかし、冒険者としての志は、この大樹のようにしっかりとしている。
それが、ミノラヌ・カタオモイという人なのだ。叶うといいのにね、その想い。
たこ焼き鳥もといオオバンヤキは、ポンポンコロコロ跳ねたり転がったりして、少し離れたところにいる群れへと帰ってゆく。
「おにいさんの兵器なら良かったなぁ…。」
何か思うところがあって、ショタくんのちいちゃなお口がモゴモゴそんな言葉を呟いた。
「…って、中で言ってるの! だから、そうなるといいね!」
よくわかんない不思議ちゃん系発言癖の小さい男の子は好きですか?
ミノラヌは何もわからないまま、
「ん? うん。 そうなの?」
と首を捻るのだが、ナットはただただショタくんのお口のモニョモニョした動きに悶えていた。
そういう大事な話、ナットは全然聞いてないです。
それから三人は順調に森の中を進み、やがて広大な花畑を通り過ぎて、隣街の入り口近くまでやって来た。
この時まで荷物は無事でした。
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