お金について

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お金について

 田舎街アートボード。  そこに建つギルド『青い月』の歴史の中に敗北の文字は無い。  それはただ僻地であるが故に抗争の無い土地だからだと思われていた。  木造の古い造りによる二階建ての建物。窓辺に寄せたテーブルで食事をしていた冒険者たちは、外の様子に気がついて顔色を変える。  紋章を入れた青い旗を掲げて、一つの部隊が街の中を行進してくる様だ。 「お、おい…、あれ…。」 「王都の紋章じゃないか…?」  田舎街に軍隊がおでましとなれば、その注目は大きい。街行く人が振り返り、その物々しい足取りを見送る。  行軍はどうやらギルドに向かって来ているようで、聴いたこともない武装兵の重い足音がザカザカと近付いて来ていた。 「ギルドマスター!」  職員の一人に声をかけられて、このギルドの支配人、テイジデ・サキカーエルが振り返る。  丁度、伝票の整理が一段落したところだ。まとめた伝票を机にトントン叩きつけて角を揃える。 「はい。なぁに?」  相手がどんなに蒼白な顔色で声をかけてこようと、動じることはほとんど無い。 「表に王都の一団が来ているみたいですよ。どういうことなんですか?」  何事でも起こったのかと慌てるギルドの職員に、白いドレスの彼女はたった今思い出したという表情で口にする。 「あら、やっと来たの? 重たい甲冑なんかつけているから鈍足なのね。」  彼女は定時で先に帰りたいので、面倒事は早く片付けたいのだ。王都の兵が来るということは、わかっていた。 「早く片付けないと定時になっちゃう。」  長いスカートの裾を持ち上げ、彼女は慌てた様子でパタパタと建物の外へと飛び出して行った。  その様子は可憐で美しく、とても田舎のオバ…。  とは、思えないような容姿をしている。  この女性が小さな田舎街のギルドを取り纏めているということが、世界に与える影響はそれほど無い。  しかし、このギルドが無敗を誇る理由は、確かにそこにあるのだった。 「ギルド『青い月』の責任者の方はいらっしゃいますかな。」 「ブッ」  と思わず吹き出してしまう。王都軍の小隊を率いて来た将校は、見事な髭の持ち主だった。  鼻のすぐ下に左右に開く髭があり、先端はくるるんと丸まっている。  絵に描いたような髭だ。こういう髭が付け髭じゃなくリアルに生えてるの初めて見た。 「…ふっぐ…すごいお髭…。ん、んん。ギルド『青い月』の支配人は私ですが?」  ギルドの建物の前には舗装された道路が通っている。  街は明るく、近くには芝生を敷いた公園や池もある。ごく普通に人通りのある場所で、およそ十名ほどの兵士を率いた王都軍の部隊は足を止めた。  ギルドの建物を背にして、ギルドマスターであるテイジデ・サキカーエルが迎え撃つ。  表には出て来ないが、建物内ではたくさんの武器を持った冒険者たちがその様子を窺っている。何かあれば自分たちが所属するギルドを護る為、ギルドマスターを後援しようという構えだ。  それほど、田舎街にわざわざ王都の軍旗が上がるというのは、珍しい出来事である。 「我々は人を探して各地のギルドを回っていましてね。この小隊を率いるカマセ・スグキエルです。」 「ギルドマスターのテイジデ・サキカーエルです。たかが人探しに軍隊が動くなんて、王都は随分と平和になりましたね。」  皮肉を込めた言い回しにも、カマセはピクリとも眉を動かさない。皺一つない軍服がよく似合っている。  その後ろに綺麗に二列になって並ぶ兵士達も、呼応石を嵌め込んだ銃を肩に担ぎ、感情も個性も潜めている。 「『それ』は特別に回収を急いでいるのですよ。『それ』を見つけたら報告をするようにと、王都から各地のギルドへ通達があったはずですが、どうも他のギルドからの報告を聞いていると、この近くに逃げ込んだようでね。  しかし、このギルドからは何の報告も上がっていませんが。」 「じゃあ、この辺にはいないんじゃないですか?」  まるで井戸端会議でもするかのような、のんびりとした口調の支配人。  相手が軍隊であろうと、人数を揃えて来ようとも、怯む隙が全く無い。  田舎のオバ…に怖いものなどない。この辺はイノシシも出るでねぇ。 「隠し事をするつもりなら、賢明ではありませんな。このような小さなギルドが、我々に逆らうメリットなどありませんぞ。」 「隠してなんかいませんよ。通達にはきちんと目を通しましたし…そうそう、『それ』を見つけてどうするんです?  失敗作だから壊すんですか? それとも見つかると不味いから何処かへしまっておくんですか? 或いは生きて捕らえて…まだ使い道があるのかしら?」 「それは貴女には関係ないでしょう。」 「あら。でも、『それ』が私の報告によって王都に捕らえられたとして…。酷い目に合うなら心苦しいわ、だってまだ幼いって話じゃないですか。」 「『それ』に心はありません。『それ』とはつまり、『兵器』ですから。試作段階のね。」  言いながら髭をいじる指が気になる。あの立派な髭は伸ばしても伸ばしても先端がくるるん。先端がくるるん。 「嫌ね…。戦争は終わったのに、そんなものをどうして作りたがるのかしら。」  顎に手を当て、支配人はため息をつく。歯が痛い時のポーズ。  その言葉には僅かでも同意する部分があったようで、カマセはここでようやく威圧的な態度を殺した。 「王都軍は城の外、都を護る為の部隊であります。最低限、外敵に攻められた時の自衛手段を保持している必要がある。  ですが城の中には王直属の衛兵として、術士が雇われている。  その術士の中にいるのですよ。かつての戦争の頃のように、圧倒的な力で周辺諸国を支配し、絶対的強者として君臨した時代に魅せられた者が。」 「…じゃあ、その術士の失敗作の回収に、貴方達はおつかいに出されているわけね。プライドないの?」 「『それ』は失敗作ではありません。ですが、先に述べたように試作の段階なのですよ。この意味、わかりますかな?」  まるで予行練習でもしてあったかのように、このタイミングで兵士達は同時に銃を構えた。  銃口は一斉にテイジデに向けられ、その引き金に指がかけられる。  そうまでしても全く動じないのが、このギルド『青い月』の支配人。テイジデ・サキカーエルは両手を上げる事はない。 「『それ』が今、何処にいるのか。教えて頂ける気になりましたかな?」 「いいえ。ちっとも。だって、今はこの街にいないもの。遠足に行かせてるの。それに、こんな少人数の部隊であの子を捕らえられると思えないし。」 「それは何故?」  髭の上にある二つの目が鋭くなって、睨みつけてくる。  その目よりも、もっと感情の無い冷たい瞳を持つのがテイジデだ。 「ギルドマスターを倒せないようでは、そのギルドの受付嬢には手も届かないんじゃないかしら。  ところで、その銃は社畜討伐専用かしら?」  ふいに登場した社畜の言葉の意味がわからず、カマセが一瞬思考する隙があって。  発砲の指示が遅れた。 「お金は時間。時間はお金。常に流れて留まらぬものよ、我が呼び掛けに応えよ!」  その刹那の綻びを見逃さず、テイジデは取り出した万年筆を頭上に掲げた。  筆の側面には小さな宝玉に加工された呼応石が、銀色の台座に嵌め込まれている。  我々は時間をお金で買っています。  手間がかからないお惣菜をスーパーで買うのも、面白い映画を動画サイトで買うのも、安心して暮らせるライフラインにお金を払うのも、全て買っているのは時間です。  楽しい時間、休める時間、家族が集まる時間。そうしたものをお金で買っている。  時間をかけてお金を稼ぎ、そうしたお金が再びちょっといい時間として我が身に返って来る。  時間もお金も、常に流れて留まらぬもの。  同じように、留め置かぬよう、流れ続けることを良しとするものがある。  答えは水です。  水竜。  と、呼んで然るべきものが、突然大地を裂いて現れる。  呼応石を通して地下にある水の力を呼び起こした。水竜召還だ。  とにかくデカイ。  捻れて突き上げる竜巻のような水柱が、お行儀良く整列していた兵隊を蹴散らしていく。 「うおおおっ!?」 「ぎゃああっ」  飛び交う悲鳴がか細く聴こえるほど、水の吹き上がる音が凄まじい。噴水。突き上げる水圧で天へと運ばれた兵士達は、竜の口から放り出されて放物線を描き地面へと堕ちる。 「芝生か池を狙って落ちてくださーい。」  興味無さげな棒読みで、ちょっと無理のある支配人からのアドバイス。  カマセ将校は小動物のような動きで、水竜の直撃を避けたようだ。針のように飛び散る水滴に叩かれて、無惨に路上に転がっている。 「呼応石でこれほど強力な攻撃を…、喚べるものなのか…。」  経験にない圧倒的な力の差に、ただただ空を仰ぐ。 「だから言ったじゃないですかぁ。私も倒せないようでは、ギルドの人間に手は出せませんよ。」  定時上がりする人間のメンタルは強い。  お金への執着は怖い。  建物の中ではその水柱を目撃した冒険者たちが、手の平を返したように散っていく。  加勢するまでもないと気が付いたようだ。  その窓の外の景色に、雨のように降り注ぐ大量の水と、人。皆さん上手に空を泳いだようで、池の水面はボチャボチャ荒れている。  近くで釣りをしていた子供達が、その池の様子を見て不思議そうに話し合いながら、その場を離れて行った。 「何処で誰が決めた命令なのか知りませんけど、子供は地域の皆で守るっていうのが、うちのギルドの社訓なんです。」 「それだけの理由で王都軍を敵にまわすとは…。」 「あ!定時!」  ちょっとすみません。  話の途中なんですが、定時五分前なんで、あとはゆっくりトイレ行って時間潰してもう帰ろうと思います。 「お疲れ様でした。お先に失礼します。」  丁寧に挨拶をして、タイムカードを打刻するために、テイジデはその場を後にした。  その場に残されるのは、ただただ地面に伏す軍隊兵のみだ。  ギルド『青い月』の歴史の中に敗北の文字は無い。
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