11人が本棚に入れています
本棚に追加
六十年の時が流れ、僕は老人になった。
ベッドの中で病と闘っていた。
父も母も亡くなった。
僕は相変わらず、六十年前と同じアパートに住んでいる。
家族は他にいない。
体調を崩してしまっても、看病をしてくれる親戚も、僕を心配してくれる友人もいなかった。
孤独が辛い。
若いときは、楽に勝てていた孤独が、今は辛い。
辛さに耐えきれずに涙を流した、その時だった。
「まさお君、君は孤独なんかじゃない。俺がいるじゃないか」と声が聞こえた。
なんだか懐かしい声。
部屋の隅にいた埃まみれのオブジェおじさんが、六十年ぶりに喋ったのだ。
姿形は六十年前から少しも変わっていない。
「オブジェおじさん……」
涙声で、僕は言った。
「俺は六十年間、この部屋で何もしなかった。呼吸すらね」
とオブジェおじさんが微笑む。
「あなたは一体、何者なんですか?」
「俺はオブジェおじさんだ。それ以上でも、それ以下でもない。人間とオブジェのハイブリッド。そして、君にとって十八歳のバースデープレゼントでもある」
「そうだ。あなたは親父が僕にくれたバースデープレゼント……いつも近くにいてくれたのに、あなたの存在を忘れてしまっていたんだ……ここ数年は孤独な自分自身を責め続けて、あなたを鑑賞する時間などなかった」
そうだ、そんな時間を確保する余裕などなかったさ。
「まさお君。これまでの君の人生は、とても価値のあるものだったし、孤独なんかじゃなかったんだよ」
オブジェおじさんが、僕のいるベッドまで歩いてくる。
体が楽になり、フワフワしてきた。
オブジェおじさんの姿がぼやけてきて、意識が遠のく。
僕の人生の最期に、近くに、オブジェおじさんがいた。
深い愛を感じた。
ただ生きているだけで、たとえ何も出来なくなっても、人生は生きるに値するのだと、僕は学んだ。
死の直前で、学んだのだ。
人間は無意識に、誰かの助けになっているのかもしれない。
無価値な人間など一人もいないのだ。
僕の人生は素晴らしかったと胸を張って、人生の幕を下ろすことができた。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!