オブジェおじさん

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 六十年の時が流れ、僕は老人になった。  ベッドの中で病と闘っていた。  父も母も亡くなった。  僕は相変わらず、六十年前と同じアパートに住んでいる。  家族は他にいない。  体調を崩してしまっても、看病をしてくれる親戚も、僕を心配してくれる友人もいなかった。  孤独が辛い。  若いときは、楽に勝てていた孤独が、今は辛い。  辛さに耐えきれずに涙を流した、その時だった。 「まさお君、君は孤独なんかじゃない。俺がいるじゃないか」と声が聞こえた。  なんだか懐かしい声。  部屋の隅にいた埃まみれのオブジェおじさんが、六十年ぶりに喋ったのだ。  姿形は六十年前から少しも変わっていない。 「オブジェおじさん……」  涙声で、僕は言った。 「俺は六十年間、この部屋で何もしなかった。呼吸すらね」  とオブジェおじさんが微笑む。 「あなたは一体、何者なんですか?」 「俺はオブジェおじさんだ。それ以上でも、それ以下でもない。人間とオブジェのハイブリッド。そして、君にとって十八歳のバースデープレゼントでもある」 「そうだ。あなたは親父が僕にくれたバースデープレゼント……いつも近くにいてくれたのに、あなたの存在を忘れてしまっていたんだ……ここ数年は孤独な自分自身を責め続けて、あなたを鑑賞する時間などなかった」  そうだ、そんな時間を確保する余裕などなかったさ。 「まさお君。これまでの君の人生は、とても価値のあるものだったし、孤独なんかじゃなかったんだよ」  オブジェおじさんが、僕のいるベッドまで歩いてくる。  体が楽になり、フワフワしてきた。  オブジェおじさんの姿がぼやけてきて、意識が遠のく。  僕の人生の最期に、近くに、オブジェおじさんがいた。  深い愛を感じた。  ただ生きているだけで、たとえ何も出来なくなっても、人生は生きるに値するのだと、僕は学んだ。  死の直前で、学んだのだ。  人間は無意識に、誰かの助けになっているのかもしれない。  無価値な人間など一人もいないのだ。  僕の人生は素晴らしかったと胸を張って、人生の幕を下ろすことができた。 (了)  
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