オブジェおじさん

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   高校は冬休みの最中だ。  僕は、幼い頃から友人が一人もいない。  平日も休みの日も、家でやることは同じだ。  ネットの世界に浸るだけ。  気を紛らわせられるネットのお陰で、孤独と闘い、勝利するのには慣れていた。  孤独には楽勝に勝っていたのだが、何の取り柄もない自分に存在意義はあるのだろうか、という問いに押しつぶされそうになっていた。  年初めの早朝、目覚めると、僕の部屋は満員電車のようになっていた。  八畳の部屋いっぱいに、見知らぬおじさん達が密集していたのだ。  加齢臭が充満していて、吐きそうになる。  誰も喋らず、おじさん達は、ただ僕を見つめていた。  目覚めた僕に気づいて、その中のリーダーらしき一人が「ハッピーバースデー、まさお君!」と叫んで拍手をした。  続けて、その他大勢も「ハッピーバースデー、まさお君!」と叫んで、拍手する。 「えっ?」と僕は戸惑う。 「まさお、成人おめでとう」とリーダーおじさんが、僕の顔面から十センチほどの距離まで近づいてきて、囁いた。  口臭はミントの香りがして、エチケットを重要視しているのがわかる。 「おっ、親父!」 「まさお、十八歳の誕生日おめでとう。ここに集まっているのは、全員ウチの会社のメンバーだ」 「ああ、親父が勤めている人材派遣会社の人たちか。で、この状況は何?」 「新たなビジネスとして、おじさんバラエティパックというのを始めたんだ。ここにいるメンバーが、お客様の孤独を紛らわせるために、あの手この手で楽しませてくれるんだよ。成人祝いに良いんじゃないかと思ってな。社員割引があるから、この体験をお前にプレゼントしてやりたくなったんだ」 「相変わらずクレイジーな親父だぜ」  と僕は言いつつも、何だか面白そうだとワクワクしていた。 「まさおこそ、まったく動揺しないとはクレイジーじゃないか。まあ、とにかく存分に楽しんでくれよな」  親父は親指を立て、おじさん達を掻き分けながら部屋の外に出ていった。  部屋に残された俺に、見知らぬおじさん達が一人一人自己紹介してくれた。  全員の自己紹介が終わる頃には、夕方になっていた。  十八歳の誕生日の大半を、自己紹介に費やされた僕。  最初のほうに自己紹介してくれた、おじさんの顔も名前も既に忘れた。  というより、ほぼ全てのおじさんが同じに見えた。  しかし、オブジェおじさんという鑑賞用のおじさんだけは違った。  あまりにも印象的で、別格だったのだ。  僕は、オブジェおじさん以外のメンバーには存在意義はないように思えた。  オブジェおじさんは、自己紹介でも必要最低限のことしか言わず、必要最低限しか動かなかった。  控えめなところが好印象だった。 「オブジェおじさん以外は帰って下さい」と僕は言った。    オブジェおじさんは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに真顔になり、優雅なポーズを保ったままオブジェと化していた。  その他大勢のおじさんが、濁流の様に部屋から出ていった。  部屋にいるのは、僕とオブジェおじさんの二人だけになった。 「誕生日おめでとう」とオブジェおじさんは言った。  その日、最後に発した言葉だった。  それきりオブジェおじさんは、本物のオブジェになった。  喋らないし、動かないし、メシを食わないし、水分も取らない。  僕の部屋に当たり前のように、無機的に、ただ存在していた。  ある日、親父が「気に入ったなら家族の一員として迎え入れるが、どうする? お前が望むなら、母さんは反対しないと思うぞ」と僕に訊いた。  僕は「部屋が殺風景だから、いて欲しいな」と言った。  そして、オブジェおじさんは我が家の一員となった。  
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