第1章 アユミちゃんの正体

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第1章 アユミちゃんの正体

 高校受験の本番だって、今ほど緊張してなかった。  昨日までは楽しみのほうが大きくて、あり得ない妄想を繰り広げては、ひとりニヤニヤ笑っていた。  ワンシーズンごとにしか新調しない洋服を、珍しくお小遣いで買いそろえたのも、すべてはこの日のためだった。  明るいベージュのパーカー、上にはダウンジャケットを羽織り、下はトラックパンツ。  それが今の俺の装備だった。  今日の俺はいつもと違うんだと、心なしか背筋もぴんと伸びる。同年代の女子との待ち合わせ。俺と同じ、16歳の女の子。  今までの人生、女子とはほぼ無縁だった。だからどうしても期待に胸を膨らませてしまう。これはデートといっても差し支えない。相手はどう思っているか知らないが、たぶん俺は、そのデートという言葉自体に舞い上がっている。  待ち合わせ場所は、Y駅西口の女性像前だ。時間帯は昼過ぎで、人通りも多い。なぜこの場所を選んだかというと、お相手とは今日、初めて顔を合わせるからだ。この界隈に住む人間なら、Y駅西口と言えばまずイメージが湧く。  人気オンラインゲームのSNSコミュニティで知り合った。  アカウント名はーー  「アユミ@ayumi_spinning.wh」  ayumi(アユミ)ちゃんだって。  いったい、どんな子なんだろう。  自分の中では、すでに小学校時代に同級生だった安祐美(あゆみ)ちゃんの顔が思い浮かんでいて、あんな感じの少女だったらいいなあと思う。誰にでも優しくて、綿あめみたいな笑顔が愛らしかった。  まあ、ほぼ100パーセントあの安祐美ちゃんではあり得ないだろうけど。なぜって、あの安祐美ちゃんは親が厳しくて絶対にゲームを買ってくれないと嘆いていたから。  俺が待ち合わせているアユミちゃんは、ゲームを趣味としているのだ。  
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