第9章 ロスト・ワールド

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♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎ 「なんだよそれ。歩、悪くねーじゃん。それなのに、どうしてこんな……」  言いかけて、急に舌が縫い止められたみたいになった。話したいことはたくさんあるのに、言葉が出てこない。  歩はそんな俺をいちべつして、普段の気やすさで窓の外を指さした。 「翔平、見ろよ。『卒業』の文字がもう完成間近だぞ。あれ、撮っておかなくていいのか?」  先輩たちがつくり上げた校庭のサンドアート。いつの間にか作業が進み、文字の輪郭がはっきり浮かんでいた。『❀』のマークは、本物の桜のようにピンク色で彩るらしい。わずかに赤みを帯びた光の中、春に先駆け、大きなつぼみがほころびはじめていた。  歩は、俺のかわりにデジカメを手にとると、作業途中のグラウンドの写真を一枚撮った。 「すごいな。こんなふうに変わるんだ」  そう言って、今撮ったばかりの写真と、すでに撮影済みのデータを見比べながら目を細める。歩は、今度はちゃんと笑っていた。  変わる、という彼の一言が、俺に何かを思い起こさせた。  かつてミーターが俺に問いかけた言葉だ。  古典の授業中、先生の代わりに教壇に立ったミーター。  ーーアユムは、〝変化〟を嫌っているのでしょうか?  分かった。今やっと答えが見つかった。  歩が変化を嫌った理由(わけ)。  それは、過去に他人の言葉ひとつで〝糸尾歩〟という存在を、簡単に捻じ曲げられてしまったからだ。  本当の自分じゃないが、ひとり歩きする恐怖を味わったから。  歩は〝アユミ〟という名の中に自身の片鱗を託しつつ、機械(メカニカ)を選ぶことで、揺るがない自己を保とうとした。『AQUA(アクア) Utopia (ユートピア)』の中で。  方向性は多少違うけれど、俺も歩も、現実から離れてユートピアに自分を存在させたかっただけなのだ。
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