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スマートフォンをテーブルの上にそっと伏せて、窓の外に目を向ける。
学生や講師たちが、深緑のプロムナードを行き交うのが見える。ベビーカーを押した近所のママさんが散歩に訪れたりもしていて、高校とは違った開放的な空気を感じる。
高いところから何かを見下ろすのは好きだ。
あそこに歩いている人たちは、きっとここにいる俺のことなんか気にも留めていない。誰とも知らない誰かの日常がそこにはあって、きっと俺は一生、それらに干渉することがない。
奇跡的に、互いを知る機会でもなければ。
この場所から外を眺めていると、いつも思い出す景色がある。高校一年生で迎えた最後の春、形と色を変える校庭、先輩たちの楽しそうな笑い声、スマートフォンを壊したあの日のことを。
歩とはあの春を境に通信が途絶えた。
別に喧嘩したわけじゃない。卒業するその日まで、ちゃんと会話もできていたはずだ。
だというのに、俺がスマートフォンを壊したせいで、歩とのLINEのトーク履歴がすべて消えてしまうと、途端に何を打ち込んでいいか分からなくなった。
今まで、歩とはどんな話をしていただろう?
そっちの高校はどうだ。
ここよりたくさん、雪が降るんだろう?
新しい友達はできたか、部活や委員会には入ったか。
俺といたときより、楽しく過ごせているか?
質問を送ったとして、香嶺高校にいたときより気が楽だと言われたら、俺はそれを喜べるのか。返事をもらうのもこわい気がして、連絡するタイミングを逸し続けていた。
歩からも連絡がなかったのは、向こうも同じ気持ちだったからかもしれない。
高校生だった頃の自分は、ある日突然、日常という皮を脱ぎ捨てて、別の何かになる瞬間が来ると考えていた。
現実には、そんな劇的な変化が訪れるはずもなくて、木陰がゆっくり育つのを眺めるような、もどかしい日々が続いた。
思うに、きっと突然様変わりする人間はひと握りだ。たいていの人は前進したり、後退したりを繰り返しながらゆっくり変化していく。だからいきなり大人になったりするわけがないし、いきなり自分以外の何かに生まれ変わることもない。
それが分かっただけで、自分の嫌いな部分を、少しは受け入れられた気がする。
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