第1章 アユミちゃんの正体

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 ちょっと冷静さを失いかけて、落ち着け俺、と自分自身に言い聞かせる。何を羨むことがあるんだ。俺は今、同年代の女の子と待ち合わせしてるんだぞ。  そうだ、隣の奴のことなんかどうでもいい。  アユミちゃんのことを考えよう。  眉間まで迫り上がってきた怒りを鎮めて、まだ見ぬ少女の影に思いを馳せた。  アユミちゃんとの出会いは、俺が大人気MMORPG(多人数同時参加型RPG)をはじめたことがきっかけだった。  ゲーム名は『AQUA(アクア) Utopia (ユートピア)ーホシノミライー』  主人公が住まうのは、無限の水源を持つ星レミロリア。その美しい故郷が謎の侵略者に攻撃されるところからはじまる。  世界観としては、モンスターが闊歩するよくあるファンタジーもの。ただし、ゲーム名が意味する通り〝水〟をテーマとしており、最高峰のグラフィックが展開される。  クラスの仲間内で流行っていて、話についていけなくなるのを忌避して、初めてオンラインゲームに手を出した。  二年後には大学受験を控えた身、最初は軽く様子を見るだけのつもりだった。深みにハマるまいと自制していた。  しかし気付けば、沼に片足を突っ込んでいた。どこが気に入ったかと訊かれれば、美しい映像も、どこか切なさを漂わせるBGMにも衝撃を受けた。各ワールドごとに存在するメインシナリオも秀逸だった。  しかし何より、自分であって自分じゃない者として、広大なフィールドを駆けまわる爽快感がたまらなかった。  俺は常々、俺という日常を脱ぎ捨ててどこかへ行ってしまいたいと考えていた。どこか鬱々とした日々が、突然変わる。あるいは冴えない自分が、誰もが憧れるヒーローになる。  普通だったらあり得ない、そんな非日常を提示してくれたのがこのゲームだった。俺は、初めて味わう感覚に酔いしれたのだ。  ところがーー。  そんな浮かれた脳天に、前触れもなく不幸が降りかかってきた。
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