ネコネコ・ボックス

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ネコネコ・ボックス

 そのCMが放送された時、誰もが笑い飛ばした。あるいは、今日はエイプリルフールではないはずなのにと首を傾げた。  多くの国民を困惑させるほど、そのCMはあまりにも荒唐無稽な内容を謳っていたからである。いわく。 『我々は、人間がいつでも猫になり、また戻ることができる箱を開発しました!その名も、ネコネコ・ボックスです!』  その大手企業の名前は誰もが知っていた。なんせ時の政府が直々に支援した特別な会社であったからだ。  非常に高いテクノロジーを持ち、海外からも優秀な科学者・技術者をスカウトしている会社。そして政府からの支援を受けているからには、その開発や研究には少なからず国の息がかかっているはずである。  そんな会社が、そのような意味不明なボックスの開発に心血を注ぐとは。そしてまさか完成させるとは。正直、誰もが信じなかった。  あるワイドショーが取材を行うまでは。 『ネコネコ・ボックスは本物なんですか?ネットでは、どうしても疑問視する声が聴かれているようです。来月にはアトラクションとしてお披露目するそうなのですが』  化粧のやや濃い女リポーターが尋ねると、ボックスの開発に携わったという黒スーツの若い男は、気を悪くした様子もなく言ってのけた。 『本物です。この箱に入ると、誰でも猫に変身することができるのです』  彼は、自分の背丈ほどの大きさの金色の箱を指示して言った。その箱は金属製であるらしく、ドアが一つついていて、箱の後ろ側からは電気コードが伸びている。どうやら隣室のコンピューターに繋がっており、そこで操作しているということらしい。 『この国の皆さんは、ほとんどの人が猫好きだと知っています。いつも自由に、気まぐれに生きている猫。会社やら、結婚やら、人間関係やら、学業やら……そんな全ての柵から解放されて生きていく猫になりたい!変わってみたいという人は多いのではありませんか?その望みを、我々が叶えて差し上げようというのです。来月の、わが社が運営する遊園地にて、アトラクションの一つとして設置予定ですよ』 『元に戻ることは、もちろんできるんですよね?』 『無論です!もう一度この箱に入るだけで戻ることができますよ!論より証拠、まずは高畠(たかはた)さんがお試しになってください!』 『わ、わかりました……』  高畠というのは女リポーターの名前である。彼女は言われるがまま、マイクをスタッフに預けて箱のドアを開け、中に入った。すると、ばちっ!と静電気が弾けるような音がして、僅か数秒でドアが開いたのである。  現れたのは、三毛猫に変身したリポーターの姿だった。普通の三毛猫と違うのは、その背中に金色の☆マークがついていることだろう。 『服と一緒に変身しますので、元に戻った時全裸ということはありません。ご安心を!』  冗談めいた口調で黒服の男が言うと、どっと会場から笑い声が上がった。猫に変身したリポーターは、信じられないといったようすでぐるぐるとまわり、前足で顔をくしくしと擦ったりしている。 『にゃ、にゃあ!にゃああ!』  そして黒服に何かを訴えかけているようだが、どうやら猫の姿になると人語を話すことはできなくなるようだった。暫く撮影をした後、黒服の男が再び箱のドアを開き、猫の姿になった女性を箱の中へと入れた。  再び、ばちっという電気が弾ける音。がちゃり、とドアが開いて、今度はさっきとまったく変わらぬスーツスカート姿の高畠リポーターが姿を現したのだった。 『こ、これは本物です!この箱に入ると、本当に猫になれるのです。喋ることができませんでしたが、私も三毛猫になった時の自分を覚えています!』  リポーターは興奮気味に語った。 『しかし、喋ることもできない猫になってしまいますと、他の野良猫と紛れてしまう可能性もあるのでは?』 『その心配はご無用です!さきほど高畠さんが変身した猫ちゃんがそうであったように、人間が変身した猫の背中には金色の星マークがつきます!元人間であった区別をつけるのは明白ですし、安全のため、猫になった人達にはGPS機能が自動搭載されます。つまり、万が一迷子になっても、我々が何処にいても見つけ出して助けに行くことが可能ということです!』 『なるほど、それならば安全ですね!』 『はい、ただ』  彼はぴん、と指を一本立てて、悪戯っ子のように笑ったのだった。 『いくら、猫の姿で自由に冒険することが楽しくても、安全上ルールは守っていただかなければ困ります。猫の姿でお散歩するのは、わが社が運営する遊園地の敷地内まで。そして必ず、猫になってから一日以内にこのネコネコ・ボックスが設置されているハウスに戻ってきてくださいね!』
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