5人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
『はい。これ、シフォン。サービスで抹茶のティラミスも入れといたよ?』
そんな俺に、スイーツの入った箱を渡しながら、風祭さんが言う。それから、渡し際、俺の耳元にそっと囁く。
『鈴は抹茶のが一番好きなんだ。あと、鈴の両親は今海外だし、兄弟は独立してるから。家には鈴しかいないよ?』
にっこり。と、音が聞こえそうなほど満面の笑顔で、風祭さんは親指をぐっ。と、立てた。
え? どういう意味?
折角、考えるは先に延ばそうと思っていたのに、そんなことを言われて、また、混乱してしまう。いや、鈴がほぼ一人暮らしだからって、何だって言うんだ。
一人でちゃんとご飯食べてるのかな。とか。
掃除とか、ゴミ出しとか、ちゃんとできてるのか。とか。
羽根伸ばし過ぎでちゃんと勉強してんの。とか。
友達呼んで遊んでばっかじゃないの。とか。
女の子連れ込み放題だよな。とか?
思ってから、また、もやっ。とする。いや。今回はかなり明確に不快だと、思った。
それから、連れ込む対象って。女の子だけなのかなあ。とか、考えて、はっとする。風祭さんがじっと俺の表情を観察していた。にこにこ、にこにこ。いい笑顔で。
『たくさん。鈴のこと考えてあげて? きっと、喜ぶよ』
見透かされている。そんな気がした。
後ろからは、やっぱり、いじわるにゃ。とか、底意地が悪い。とか、悪趣味ですにゃ。とか、聞こえる。
聞こえるけれど、なんだか楽しそうだ。
『池井さん』
振り返ると、いつものコートを着た、鈴がいた。
『帰ろう?』
す。と、背中を促されて、立ち上がると、何も言ってないのに、上着を椅子から取って、袖を通させてくれた。
もう、無理。ダメだ。
何が。とは、今は聞かないでほしい。
往生際が悪いかもしれないけれど、もう少しだけ、猶予が欲しい。
俺は思う。
多分、このペースだと時間の問題だと思う。
『じゃあね? 鈴、しっかりと送り届けるんだゾ』
しっかりと。を、強調されて、鈴が変な顔をしている。それから、何かを言おうとして、口を開きかけたのだけれど、言葉が見つからなかったのか、それとも、言っても無駄だと思ったのか、口を閉ざした。
『お疲れ様です』
それだけ、呟いた、鈴に促されて、俺は緑風堂を出たのだった。
最初のコメントを投稿しよう!