【真鍮とアイオライト】7th 甘味と猫とほうじ茶と

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『はい。これ、シフォン。サービスで抹茶のティラミスも入れといたよ?』  そんな俺に、スイーツの入った箱を渡しながら、風祭さんが言う。それから、渡し際、俺の耳元にそっと囁く。 『鈴は抹茶のが一番好きなんだ。あと、鈴の両親は今海外だし、兄弟は独立してるから。家には鈴しかいないよ?』  にっこり。と、音が聞こえそうなほど満面の笑顔で、風祭さんは親指をぐっ。と、立てた。  え? どういう意味?  折角、考えるは先に延ばそうと思っていたのに、そんなことを言われて、また、混乱してしまう。いや、鈴がほぼ一人暮らしだからって、何だって言うんだ。  一人でちゃんとご飯食べてるのかな。とか。  掃除とか、ゴミ出しとか、ちゃんとできてるのか。とか。  羽根伸ばし過ぎでちゃんと勉強してんの。とか。  友達呼んで遊んでばっかじゃないの。とか。  女の子連れ込み放題だよな。とか?  思ってから、また、もやっ。とする。いや。今回はかなり明確に不快だと、思った。  それから、連れ込む対象って。女の子だけなのかなあ。とか、考えて、はっとする。風祭さんがじっと俺の表情を観察していた。にこにこ、にこにこ。いい笑顔で。 『たくさん。鈴のこと考えてあげて? きっと、喜ぶよ』  見透かされている。そんな気がした。  後ろからは、やっぱり、いじわるにゃ。とか、底意地が悪い。とか、悪趣味ですにゃ。とか、聞こえる。  聞こえるけれど、なんだか楽しそうだ。 『池井さん』  振り返ると、いつものコートを着た、鈴がいた。 『帰ろう?』  す。と、背中を促されて、立ち上がると、何も言ってないのに、上着を椅子から取って、袖を通させてくれた。  もう、無理。ダメだ。  何が。とは、今は聞かないでほしい。  往生際が悪いかもしれないけれど、もう少しだけ、猶予が欲しい。  俺は思う。  多分、このペースだと時間の問題だと思う。 『じゃあね? 鈴、しっかりと(・・・・・)送り届けるんだゾ』  しっかりと。を、強調されて、鈴が変な顔をしている。それから、何かを言おうとして、口を開きかけたのだけれど、言葉が見つからなかったのか、それとも、言っても無駄だと思ったのか、口を閉ざした。 『お疲れ様です』  それだけ、呟いた、鈴に促されて、俺は緑風堂を出たのだった。
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