【真鍮とアイオライト】7th 甘味と猫とほうじ茶と

4/13
前へ
/13ページ
次へ
『池井君はうちの子たちのお気に入りだね』  ふふ。と、店主の風祭さんが笑う。  その笑顔もまるで猫のように人懐っこい。正直最初この店に来たときは女性なのかと思ったほど、線の細い美人で、声も中性的だ。20代後半らしいのだが、小柏さん同様、殆ど年齢不詳で、まるで少女のような顔で笑う時がある。  紺のにゃあん。と、急かすような声と、風祭さんの視線に促されて、俺はカウンターの一番奥の席に座った。 『日替わり。何にする?』  上着を脱いで背もたれにかけてから、椅子に座ると、風祭さんが聞いてくる。  今日の日替わりは、抹茶のティラミス。ほうじ茶のシフォンケーキ。サツマイモとシナモンのチーズケーキの三種。  どれも、捨てがたい。そもそも、この店のスイーツに外れという概念はない。けれど、この店の一番の人気はほうじ茶を使ったスイーツで、ほうじ茶系のメニューが出た時は必ず選ぶほどの逸品ぞろいだった。 『じゃ、ほうじ茶のシフォンで。お茶は風祭さんのおススメでお願いします』  同じ客商売をするものとしては、見習わないといけないと思うのだが、店主は一度来た客はその時聞いたお茶の好みと共にすべて覚えている。もちろん、常連ともなると、好みはすべて把握していて、スイーツを選ぶと、お客の好みとスイーツとの相性を考えてぴったりと合ったお茶を添えてくれる。しかもお茶は殆ど同じものは出さない。毎回、違う味のお茶を楽しませてくれる。  まさに職人技。  可愛い猫。猫に対する店員の優しさ。店内の雰囲気。美味しいスイーツとお茶。店主の人柄。これだけ好きな要素が重なって、通わないわけがない。  とにかく、居心地がいいのだ。  だから、俺は毎週一回ほどのペースで、この店に通っていた。司書の仕事は週休がかなり不規則だから、毎週何曜日ということはないけれど、殆どは火曜日か金曜日。早番で、仕事が忙しくないから、残業がなくて、街自体に人が少ない日が、この店に来る日になることが多かった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加