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24.別荘での宴会
「私は特にありませんが、外は今混乱しているので、家からは出ないほうがよいと思います。」
「私はお風呂に入りたい!あと、インターネットがいつまで繋がるか分からないから見ようと思ってたドラマのシリーズ全話みたい。」
ドラマのシリーズ全話っていうのは、1日で見れるものなのか?あぁ、そうか、今どきの大学生はタイパ(タイムパフォーマンス)っていうので、倍速にして見るのかな。
「わかった。じゃあ、今日は家で各自好きなことをして過ごそう。俺はクロと散歩して、筋トレして風呂に入って夜まで寝るかな。たぶん今日の夜は寝れないから2人とも寝れるなら寝ておいた方がいいよ。小惑星の衝突予定時間が今夜11時だから、早めに夕飯と風呂を済ませてシェルターで衝突を待とうか」
「私から提案なんですが、今日の夕飯は痛むのが早そうな野菜とかお肉を使って豪華にしませんか?これからしばらく贅沢は、生の野菜とか食べれないと思うので。」
「それいいね!じゃあ、3人で自分が得意な料理を一つずつ作るのはどう?私は中国の料理作るよ。」
「あっ、それいいな。俺も久し振りにリンの鍋包肉(ごうばおろー)食べたい」
「鍋包肉(ごうばおろー)いいよ!私がトンカツの次に好きな食べ物だから。でも、颯は料理できるの?」
「おいおい、誰に言ってんだ?一人暮らしする前からうちは男3人で生活してたんだぞ?料理歴10年を超える俺の腕前をお前たちに披露やろう。」
高校のときは父さんが毎朝早起きして俺と爽の弁当を用意してくれたけど、夕飯は俺と爽が父さんより早く帰るから交代で作っていた。あまり凝った料理は作れないが、それなりに料理は作れる方だ。
「颯さんの手料理…それは楽しみかも…。でも、私は料理に自信がありません。ご飯を炊いて食器を用意するので許してください。」
湊はなんでもできそうに見えるけど料理が苦手なのは意外だな。お嬢様だから家事はお手伝いさんがするとか、自分でやる機会がなかったのかもしれない。
「それなら湊は俺と一緒に作らないか?」
「えっ!いいんですか!?是非お願いします!」
「私も料理苦手だったかも!」
「いやいや、リンは俺より料理上手いだろ。おまえの手料理は何度も食べてるけど、中華の専門店並みに旨いから。マジで楽しみにしてるよ。」
「ホントに?そんなに楽しみなの?分かった!頑張って作るから首洗って待ってて!」
首洗って・・・。まぁ、いいか。
「じゃあ、昼は昨日もらって残ってる惣菜をチンして食べて、夜は俺と湊は4時から料理開始。リンは5時から料理開始な。それまでは自由行動ということでよろしく。」
俺たちはリビングから解散して、夕方まで各々好きなように時間を使った。
俺は、午前中はクロと近所を散歩して、お昼には昨日の惣菜の残りを適当に食べて、ジムで筋トレしてから熱々の風呂に入って、夜に備えて夕方まで昼寝をした。俺にとってはこの上なく充実した休日の過ごし方だったように思える。
そして、夕方。スマホのアラームで起きて今夜の料理の献立を考える。
ディナーのメインはリンの鍋包肉(ごうばおろー)なので、湊と相談してレタスチャーハン、エビとブロッコリーのサラダ、餃子の3品を作ることにした。
湊から借りたエプロンを付けて二人でキッチンに並ぶ。必要な材料は先に冷蔵庫から出しておいたので日持ちしない葉物野菜などが並んでいる。湊が用意してくれてた生鮮食品の中でも、卵、じゃがいも、たまねぎ等は常温で保管すると日持ちがするので、避難シェルターに移してある。
「それじゃあ、まずはレタスを手で千切ってくれる?」
「包丁は使わないんですか?」
「うん、なんでかは知らないけど千切った方が美味しいきがするから。」
「確かに。なんとなく千切った方がレタスは美味しい気がします。じゃあ、千切りますね。」
「うん、千切ったレタスはザルに入れて水気を切っておいてね。」
「はい。」
湊は料理が苦手ということだったが、全然手際は悪くない。毎日作ったらすぐに俺より上手になりそうだ。
俺はその間にブロッコリーを切って、鍋にお湯を沸かす。
それにしてもさっきからリンの視線が気になる。リビングでテレビを見ているが、何度もこちらをチラ見してくる。俺もアニメに出てくる鈍感系主人公のような異常に察しが悪い男ではないので、これまでの言動からリンが俺に対して好意を持ってくれていることには気がついている。だから、俺が湊と料理を作っているのが気になるのだろう。俺ももちろん、これまでの付き合いの中でリンに少なからず好意を持っている。ただ、付き合う前の雰囲気というのが心地よくて、あえて関係を進展させていなかったという状況が今である。
それはさておき、チラチラ見られているのに気が付かない振りをするのも落ち着かないので、こちらからリンに声をかけることにした。
「なぁ、リン。やっぱりお前も一緒に作らないか?早めに食べて風呂入りたいし。」
「わかった。」
湊と俺より遥かに手際の良いリンが加わったことで、料理は予定よりも早く完成した。
初めて小麦粉から餃子の皮を作ったけど、結構な重労働だった。
リンの実家には餃子の皮(中国では麺皮というらしい。)を練るための料理家電があって、最近は自分で麺を練る家は少ないらしい。リンに頼まれて今回は俺が小麦を練ったけど、リンのOKが出る頃には汗だくになっていた。
そして、麺を円状に延ばすのはもっと難しい。俺が麺棒で延ばしたものは、全然綺麗な丸にならず、だいぶ歪な丸になってしまった。リンが作るのとは全然違う。リンのお母さんとお婆ちゃんは、何百個作っても、丸の外側が均等に薄くなっていて、リンの約2倍から3倍の速さで延ばせるらしい。それはもう完全に職人の域だな。
リンの実家では焼き餃子はあまり食べないけど、俺は焼き餃子も水餃子も同じくらい好きなので今回は両方作ってもらった。
料理が全て揃ったときには時計を見ると19時を過ぎていた。
「やばっ、もう19時過ぎじゃん。」
小惑星の衝突予定時刻は22時頃だから、衝突まであと3時間くらいしかない。
「無心で餃子を包んでいたら隕石のことを忘れていました。」
たぶん小麦粉が付いた手で鼻を擦ったのだろう。湊の鼻は小麦粉が付いて白くなっている。だいぶ前から気付いていたけど、可愛いのであえて指摘していない。
「うん。私も忘れてた。熱いうちに食べようよ。」
「そうだな。じゃあ、始めよう!」
テーブルには鍋包肉と焼き餃子と水餃子、レタスチャーハン、サラダが所狭しと並んでいる。
「冷蔵庫に父が入れてあったビールもありますけど、飲みますか?」
「ビールかぁ、飲みたいな…。この餃子達にビールが合わないはずがない。いや、でも、これから小惑星が落ちて来るっていうときにビールなんて飲んで大丈夫かな?」
運転をするわけでなはいんだけど、何か起こったときに酔ってない方がいいんじゃないかと思う気持ちはある。
「私は飲むよ。こんなご馳走とビールを一緒に飲める機会が次いつあるか分からないもん」
「だよな!じゃあ、俺ももらうよ!こんな料理目の前にしてビール飲めないとか拷問だよな!」
「わかりました。じゃあ、私も一緒に飲みますね。」
湊が350ml缶のエビスビールを俺たちに配り、缶のまま乾杯をすることになった。
ちなみにJR山手線恵比寿駅のホームでは、エビスビールのCMの曲が流れている。恵比寿にビール工場があったからエビスビールという商品名にしたのかと思っていたが、エビスビールの工場で使用していた貨物駅を通常の駅にするときに、恵比寿駅という駅名になったらしい。
「じゃあ、小惑星にカンパーイ!」
かなり不謹慎な乾杯だが、目の前の恐怖をネタにでもしないとやっていられない。
みんなで作った餃子は、今まで食べた餃子の中で一番美味しいと思った。餃子を一口食べて、キンキンに冷えたエビスビールを喉に流し込む。最高に幸せな瞬間だ。クロも尻尾をブンブン左右に振りながら、味付けをしていない冷ました餃子を大事そうに1つずつ食べている。
隕石の衝突予定時間の1時間前になるまで、俺達は餃子パーティーを楽しんだ。1本飲むと、気が大きくなり、2本、3本と普通に飲んでしまった。リンと湊もなかなかのペースで飲んでいたので、ビールや酎ハイの空き缶がテーブルに積み上げられている。結構いい感じに酔っぱらってしまい、3人ともだいぶテンションが高い。
俺たちが宴会をしている間も、テレビには小惑星特番を映したままにしており、現在の世界各地の様子が次々と報じられていた。どのチャンネルを付けても衝突までのカウントダウンが表示されている。
バチカンでは、教皇が集まった大勢の信徒達と祈りを捧げている。
アメリカは、ロシアからの核攻撃により主要都市がすべて壊滅した。核攻撃後、アメリカ全土で大規模な停電と通信障害が発生し、アメリカ本土との一般回線による通信は不可能となっている。そのため、アメリカの様子は一切テレビでは報道されなくなった。核攻撃後に一度だけ、アメリカの大統領専用機から大統領の記者会見があったが、現在は政府機能の立て直しを最優先しているから、国民は自分で生き延びて欲しいというメッセージを伝えただけだった。
また、日本政府の発表によると、小惑星衝突により消滅するエリアのアメリカ大使館やアメリカ軍基地で勤務しているアメリカ国籍の職員と家族は、全員米国本土ではなく、比較的影響が少ないことが予想される同盟国への避難が完了したとのことだ。ただ、日本が最初に引き受けることを表明したため、日本上空は米軍の航空機が大渋滞を起こして、日本全国の空港からは一機も飛行機が離陸できないという状況に陥った。日本から自国に帰国するために離陸待ちだった、各国の飛行機や大使館からは、在日アメリカ軍に抗議をしたが、「米軍機に燃料切れで墜落しろというのか!」と激怒して、一部の米兵が抗議をした国の大使館に殴りこみにいって、警察に取り押さえられるという事件も発生した。
なお、在日ロシア大使館と領事館については、核攻撃が米国本土に届いたと確認した直後に、武装した在日米軍の兵士が突入し、全員を拘束して米軍の横田基地に連行してしまった。
中国でも小規模な暴動が発生したが、軍の出動によりすぐに暴動は鎮圧された。現在は、政府や軍関係者以外の外出が禁止されているため、誰も歩いていない上海や北京を装甲車が徘徊している様子をベランダから撮影した映像が、動画サイトなどに投稿されて、その映像を日本のテレビ局が映し出している。
日本では、避難エリアの住民の避難は完了し、一台も車が走行していない東名高速道路の定点カメラの映像が映っている。
「あと一時間ですけど、どうしますか?日本には落ちないみたいだけど、念の為シェルターに入りませんか?」
湊が空になったビールの缶を回収しながら提案した。
「私もそれがいいと思う。シェルターにもテレビあったし。」
リンも空いた食器を重ねながら湊の提案に同意した。
「だな。じゃあ、二次会の会場はシェルターだ!」
酒を飲んで良い感じにテンションが上がった俺は、勢いよく俺が立ち上がると、俺の足元で寝ていたクロも立ち上がって俺に付いてくる。二人は片付けをしているので、俺は二次会の会場設置のためにシェルターに酒を運ぶことにした。
そして、ダイニングの片付けを終えてシェルターの中で二次会が始まった。爽
から連絡が来ていないかスマホを見たが新着メッセージはなかった。スマホを見たついでに、Twitterで他の人達の様子を見てみると、俺たちと同じように宴会をしている人達がたくさんいた。さすがに空いている飲食店はないみたいで、自宅で親戚や友人が集まって飲み会を開催している写真があがっている。こういう写真を見ると何も根拠はないが、なぜか安心した気持ちになってしまう。
シェルター内のテレビに目を向けると、どのチャンネルも落下予想地域に設置した無人カメラの映像が映っている。アナウンサー達も流石に避難したようだ。
落下までのカウントダウンは30分を切っていた。
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