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25.北海道の実家
《 SIDE 爽 》
無事に北海道の実家に到着した爽と舞は、颯達の父である【良雄(よしお)】と三人でリビングのテレビを見ているとインターフォンが鳴った。
こんなときに誰かと思いながら爽がドアを開けると、ドアの前にいたのは爽もよく知っている良雄の幼馴染のおじさんだった。爽は軽く挨拶をして良雄を呼んだ。
「父さーん、ケンちゃんのおじさん来たよ!」
“ケンちゃんのおじさん”というのは、爽ではなく、颯の同級生の【ケンちゃん】のお父さんのことである。
爽から呼ばれて10秒くらいで良雄がいつもの作業着姿のまま玄関に現れた。
「おー、タナやん!どしたのさ、こんなときに!」
タナやんとは、ケンちゃんのおじさん【田中信一】の子供の頃からのあだ名である。
「爽がえらい美人な嫁さん連れて帰ってきたっていうから、お祝いに特上寿司握ってきたのさ。」
タナやんは、持っていた大きな寿司桶を良雄に渡した。
「えっ、悪いって!こんなときだから米だって貴重品だろ」
「いいの、いいの。どうせ暫く店は仕入れもできねぇし、店も開けれないからよ。遠慮しないで食べてくくれや。店に残ってた一番いいネタ握ってきたから嫁さんも喜ぶぞ。」
「うわっ、ウニとかアワビとかイクラに大トロ。これタナやんの店の一番高いやつよりいいネタ入ってるしょ。これは凄いわ。いや、気使ってもらって悪いね。せっかくだから爽の嫁さんに会ってけや。おい、爽、舞ちゃん呼んできて!ついでにこれ、もらった寿司、持ってって。あー、それとよ、居間の棚に酒置いてあっただろ、あれも持ってきて!」
爽は良雄から寿司桶を受け取ると、軽く返事をして舞を呼びにリビングに戻った。
「いやいやいや、ヨシ、いいって!爽の嫁さんもいきなり近所のじじぃと会っても困るべ。」
「なんも、舞ちゃんは気使わなくても大丈夫だから。せっかくお祝いの寿司もらったんだから挨拶くらいさせてくれや」
「そうかい?じゃあ、せっかくだから会ってくかな」
爽はリビングに戻って舞に簡単に事情を説明すると、舞は急いで玄関に向かった。爽は棚に並べてあった一番高そうなコニャックの瓶を紙袋に入れて玄関に戻った。
「爽!こんな美人な嫁連れて来るとは、思わなかったわ!」
舞は美人だと言われ馴れていて、自分でも自覚はしているため照れた様子もなく爽の顔を見てニコリと笑う。
「ありがとうございます。僕もこんなに美人な奥さんと結婚できると思っていませんでしたよ。あっ、これどうぞ。」
爽はコニャックをタナやんに渡そうとするが、タナやんは遠慮をして受け取らない。
「いやいや、悪いって。こんな高級な酒はもう簡単に手に入らなくなるんだから。それに、寿司は俺からのお祝いなんだから。」
そこで、良雄は爽が持っていた紙袋を取って、タナやんの手に紙袋の持ち手を握らせた。
「タナやん、酒も手に入りにくくなるかもしれないけどよ、寿司だって気軽に食えるもんじゃなくなるだろ?それに、俺もコイツらに何かお祝いしてやりたいと思ってたけど、こんなときだから何もできなくて申し訳ないと思ってたんだわ。タナやんのおかげで隕石が地球に落ちる前に祝ってやれるんだから、これくらい受け取ってくれや。なっ?」
タナやんは諦めて良雄から紙袋を受け取った。このような遠慮して受け取らない相手に強引に受け取らせるというやり取りは、緊急事態の今だからではなく、普段から行われているお決まりのようなものである。
「わかった。じゃあ、遠慮なくもらってくわ。桶は明日取りに来るからいつもどおり玄関前に置いといてくれればいいから。じゃあ、他にも周るとかあるから行くわ」
3人で家の前に出て、スーパーカブに乗るタナやんを見送ってからリビングに戻った。
3人は特上寿司を食べながら颯の話をしていた。
「颯から連絡あったのか?」
良雄は、普段は酒を飲まないが、今日は人類史上最大のイベントということで、徳利とお猪口を用意して熱燗にした日本酒を飲んでいる。地元愛が強い良雄が買った酒なので、もちろん北海道の酒造の日本酒である。舞も勧められて一緒に同じ日本酒を飲んでいるが、熱燗は苦手なので冷で飲んでいる。
「うん、さっき話したけど、なんか会社の後輩の実家にあるシェルターに避難できたみたいだよ。シェルターがあれば北海道より安全だから心配するなだってさ。」
爽は何かあったら運転しなきゃいけないからと、緑茶を飲みながら寿司を摘んでいる。
「シェルターって言ってもよ、いつまでも食料が続くわけじゃないだろ?あっちの方は人が多いから、食料を手に入れるのも難しくならなきゃいいけどな。」
テレビでは、北海道では東京MXが映らないので全ての民放局で24時間生放送の小惑星衝突特番を続けている。小惑星衝突特番では、国内外の各地のリポートの他に、小惑星が衝突してからの予測を東京大学や京都大学の偉い教授が説明している。衝突予測地域の周辺以外の被害は限定的であると楽観的な予測もあれば、齧歯類(げっしるい)などの体が小さい哺乳類以外、9割り以上の哺乳類は地球上から絶滅するだろうという予測をしている専門家もいる。もし、最悪な予測が当たれば、颯とは二度と会えなくなるかもしれないと良雄は考えていた。
「お義父さん、颯なら2年分の食料をシェルターに持ち込んで、可愛い女の子二人と楽しくやっているみたいだから、心配いりませんよ。」
舞は少しつまらなそうに颯の話をすると、北海道産のエゾバフンウニの軍艦を口に入れ、お猪口の日本酒を飲み干した。
「女の子2人もか!あいつ、そんなにモテたのか。じゃあ、こっちの方が問題だな。うちの食料だと節約しても3か月くらいか。もしものときは、足寄(あしょろ)に移動するか。あそこなら、食料くらいどうにでもなるだろ。農家だし、山に入れば食えるものはたくさんある。」
良雄の両親であり颯達二人の祖父母は80代だが北海道の足寄町で現役の農家をしている。そして、毎年自分の畑で収穫したジャガイモと山で採れたラワンぶきを大量に良雄の家と颯の家に送ってくれる。
今回のニュースを見た良雄の父は、孫達を連れて足寄町に来るように良雄に電話をしていたが、旭川市の職員である爽が旭川を離れるわけにいかないと言うので、良雄も自宅に残っている。
「舞さん、足寄町って知ってます?」
「うん、颯が足寄町のおじいちゃんから届いたジャガイモをお裾分けしてくれたから、聞いたことはあるよ。でも、どこにあるかは知らないな。」
「場所はね、帯広と北見と釧路の丁度真ん中くらいで、旭川からだと車で高速道路を使っても3時間半くらいですね。と言っても、イメージできませんよね。ここです。」
爽はスマホの地図アプリに祖父母の家を表示して舞に見せた。
「へぇ~、結構遠いんだね。さすが北海道。確か颯から聞いたんだけど、松山千春の出身地なんだっけ?」
「そうそう、足寄町の道の駅に行ったら、松山千春ギャラリーがあって、松山千春の等身大パネルとか置いてあるんですよ。」
「舞ちゃん、俺は松山千春と同じ中学と高校の出身なんだよ。ちょうど、俺が入学したときには松山千春は卒業してたから被ってないけどね。あと、鈴木宗男も中学と高校の先輩なんだけど、鈴木宗男は知ってる?」
「鈴木宗男は知らないです。何してる人ですか?」
「あー、東京の人は知らないか。鈴木宗男を北海道の政治家で、内閣官房副長官もやってたんだよ。」
足寄には中学と高校が1つずつしかないため、足寄町出身者はほとんどが松山千春と政治家の鈴木宗男と同じ中学校と高校の出身ということになるが、良雄が地元の話をするときは必ず松山千春と鈴木宗男の話をする。
鈴木宗男は、北海道外では知らない人も多いかもしれないが、北海道の特に道東(北海道の東側)では、中高年には絶大な知名度と人気があるため、北海道内なら幅広い年齢層に通じる話題である。
「知らなかったです。でも、足寄町には是非行ってみたいですね。」
「舞さん、今回の騒動が落ち着いたら僕が案内しますよ。お爺ちゃんとお婆ちゃんにも紹介したいですからね。お婆ちゃんが作ったフキの煮物が凄く美味しいんですよ。」
「東京に出てきてからフキって一度も食べたことないかも。懐かしいな。」
「あー、確かに東京のスーパーだと水煮みたいなのしか置いてないですよね。」
「子供の頃は山で取ってきたのをよく食べたんだけどね。」
「舞ちゃんは東京育ちかと思ってたけど、山形出身って言ってたもんな。訛りとか全然ないんだな。落ち着いたら舞ちゃんのご両親には挨拶に行かないとな。」
「うちは山形でも海がない山の方の農家だから、周りは畑と山ばっかりで、本当に何もないところで、恥ずかしいんですけど、来ていただけたら両親もお婆ちゃんも喜ぶと思います。」
「そうかそうか。じゃあ、結婚式とか色々打ち合わせもしないといけないなー。はぁ~、なんでうちに嫁が来たタイミングで小惑星来るかなー。おい、爽、これで小惑星なんとかしてこい!」
良雄が近くに置いてあった工具箱の中からレンチを取り出し、爽に突き出した。
「これでどうすればいいんだよ。石油採掘会社の社長に頼みなよ。」
「はぁ~。映画みたいに誰かすげーやつがなんとかしてくれねぇかな~。」
良雄はレンチを工具箱に戻すと、お猪口の日本酒をグッと飲み干して天井を見上げた。
テレビには隕石落下まで残り30分と大きく表示されていた。
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