根なし草のカデンツァ

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「何を仰る!」  エイズワースはキャスケット帽を持ち上げて、片目を瞑った。 「嬢ちゃんの想い焦がれる帝都じゃあ、行き過ぎた文明を嘆いて自然回帰を望む連中が山ほどいるんだぜ?  俺たち三流文屋ですら記事書くために掻き集められ、貴重な焼影機だって持たされて、方々に飛ばされるくらいだからな。そう、産業革命に消耗しきった帝都人の、真実の故郷を探しに……なあ、ローゼント」  エイズワースは後ろを歩く同行者に語りかけたが、彼は無視して、焼影機を背嚢にしまっている。  そんな相棒に苦笑しつつ、エイズワースは手で庇を作り、辺りをゆったりと見渡した。 「いいとこじゃあないか。自然との共生……帝都の連中が喉から手がでるほど欲しがってるもんだ。移住ブームに火がつきゃここも嫌でも帝都みたいになるさ……そう、海の向こうみたいに」 「知ってる! 帝国軍が異教徒の巣窟を一掃したのよね」  少女は頬を紅潮させ、興奮を露わにする。 「この前商人と一緒にきた吟遊詩人が歌ってたわ! ──おお! 神の御手纏し我らが騎士が♪ 悪逆の徒を、──ララ♪ 清らに均し給いて──♫」  思いがけず見事な歌声に、エイズワースは口笛を鳴らした。少女は気を良くして歌い続ける。  呼応するかのように、あたりを早い春風が駆け抜けた。枯れ草が、伴奏するように乾いた葉を鳴らす。  傍の畑の真ん中にいた中年の夫婦が、こちらに気づいて声を張り上げる。 「なんだい、マーヤ、明日の白角祭に備えて練習かい?」
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