根なし草のカデンツァ

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    *   「すみませんね、わざわざご足労頂いて」 「いえ、こちらも丁度お話したかったので。むしろいいんですか? 祭当日に、こんな余所者に時間をくれてやって」  エイズワースがおどけて言うと、招いた村長は品よく微笑んだ。 「祭のことは若いものに任せていますからね。それはそうと……もう一人のお方は?」 「もう何枚か村の風景を撮っておきたいって言い出しましてね。いや、驚きました、目はお見えにならないのでは?」  椅子にゆったりと座った村長は濁った白眼を彼方に遊ばせたまま、静かに笑みを深める。  昨日面会したときにも、エイズワースは感じた。村長であるこの老女の底は、まるで知れない──それが年の功なのか、小規模とはいえ共同体の長であるが故の威厳なのかも判然としない。  彼の勘はそのどちらでもないと囁く。ローゼントの不在を言い当てられて、一層強まった。  もっとも、視力を失った者は聴覚が鋭敏になるともいうので、足音が一つしかないのを悟られたのかも知れないが── 「他愛ないことですよ、彼らが教えてくれますからね」 「……と、仰いますと?」
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