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鼻先を甘い香が掠めた。
エイズワースは足を止めた。
その源を求めて視線を巡らすも、見当たらない。
周囲にあるのは、野と畑、急峻な山々。人家は、離れたところにちらほらとある程度。彼が暮らす帝都と同じ領土内に存在するとは思えないほど、牧歌的な光景だ。
帝都では急激な発展の代償に、環境汚染が深刻化している。その下層で悪臭を吸い生活する彼にとって、この村の澄んだ空気はそれだけでご馳走だ……どこか心をざわつかす香りさえなければ。
「さっきから気になっていたんだが、」彼は前を行く案内人に尋ねる「村中に漂っている、この独特の匂いはなんだい?」
案内人──まだあどけない少女は振り向き、ああ、と事もなげに応じた。
「あちこちで野焼きしてるのよ」
「野焼き……しかし、ただ雑草を焼いただけじゃあこんな匂いにならんだろう」
「そうなの? ヨソはどうだかしらないけど、うちじゃこんなもんよ。あ、でも……」
少女は手近な草むらから枯れ草を一本摘んで、エイズワースに振って見せる。
「前に来た商人のおじさんが、他じゃあんまり見ない植物だって言ってたわね。うちじゃあっちこっちに生えてる野草だけど」
「へえ、そうかい」
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