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第35話 チンピラ
ヤマトは東京へ旅立った。当日のヤマトの見送りはジンたちがするだろうから、俺は出発前日、アイツを見送った。結局、卒業まで他の3人とは口を利かなかった。俺と他の3人の仲が修復しなかったことを、ヤマトは気にしている素振りを見せたが、それについては何も触れなかった。
他の3人が、いつ町を出て行ったか知らない。
舜も京都へ行ってしまった。
俺は、ポツンと1人になった。
アイツらだけでなく、同級生たちは町を出て行った。進学や就職、誰がどこへ行ったなんか知らない。町を歩いていると、知っている奴の顔が少なくなっていることに気づく。うちの高校は不良が少なかったが、俺たち以外にもグレてる奴は多少はいた。その中でも進学や就職で町を出ていかなかった奴もいると思う。漁師になったのだろうが、昼から起きる俺には、朝早くから出掛ける漁師に会うことはない。
商店街を通ると、衣料品店に見たことがある顔があった。名前は思い出せない。同じクラスになったことがある奴だと思う。特に優等生でもないが、真面目な奴だった気がする。
衣料品店は、ジジイとババアが着るような物しか置いていない古くからある店だった。その同級生は店先を箒で掃いていた。俺に気づき、一瞬怯んだ顔を見せた。
「ここ、お前ん家?」
俺はソイツに声をかけた。
「そうだけど。つ、辻村くんは、町を出なかったんだ」
ソイツは俺のことを名字で呼んだ。多分、初めて話したと思う。ああ、と気のない返事をして、ソイツの家を眺めた。『宮下商店』と書いてあるから、多分ソイツは宮下なのだろう。なかなか立ち去らない俺に、宮下は困っていた。続きの話題も見つからないし、店に入るわけにもいかないから同じ場所を箒で掃いていた。
「辻村くんは、今、何やってるの?」
やっと切り出した話題。
「え?散歩かな」
「そ、そうじゃなくて、し、仕事?」
「なんにもやってねえ」
宮下の問いに生返事をして、いったい俺はなんでコイツと話してるんだろうと、ぼおっと考えていた。暇過ぎて頭が膿んできてしまったのか。ヤマトやジンたちと一緒にいる時は、暇なんて感じなかった。なんにもしてなくても、アイツらといるだけで楽しかった。アイツらと口を利かなくなって、もうその時から俺は抜け殻のようになっていた。昼頃起きて、タバコ吸って飯食って、散歩してクソして飯食って、また寝るだけの生活。このまま早い年齢でジジイになってしまう気がした。
ジャリジャリとアスファルトを擦る音が近づいてきた。派手なストライプのスーツの男が視界に入った。グリスで撫でつけたテカテカの髪に、色の濃いサングラス。口髭を生やし、その口にはタバコを咥えていた。キツイ香水の匂いが鼻についた。
「おう、小僧。商売は繁盛してるかね」
「はい、お陰様で」
宮下は明らかに怯えていた。なんか妙に腹が立ってきた。べつに元クラスメイトを守りたいとかいう気持ちではない。俺を無視して宮下に話しかけるコイツの神経に腹が立った。
「誰だ?オッサン」
宮下が慌てて俺の袖を引っ張る。
「つ、辻村くん。た、玉城会の人だよ」
玉城会とは、この町のヤクザのこと。コイツはそこのチンピラなのか。
「元気な小僧だねぇ。コレ、君のお友達?」
そう聞かれて宮下は、首を振った。だが、俺を見ると慌てて、友達ということを肯定していいのか否定した方がいいのかわからなく、首を捻ったり振ったり訳の分からない動作になっていた。
「チンピラって、給料いいの?」
俺の生意気な態度に、男はポケットに手を突っ込んだままデカい声で笑い出した。咥えていたタバコを地面に捨てて足で揉み消すと、ポケットから財布を出した。そこから1万円札を出すと、宮下に渡した。
「すまんな。掃除してるところ汚しちゃって」
掃除した店の前にタバコを捨てたから金を渡しているのだ。宮下は首が捥げそうになるほど横に振っていた。いいの、いいの、と言いながら男は、遠慮する宮下のズボンのポケットに万札を捻り込んだ。
「辻村って呼ばれてだけど、あれか。最近までこの辺の高校で調子コイてた5人組の1人か?」
「べつに調子コイてたつもりないけど」
「あれだろ。うちにいる斎藤の後輩だろ」
俺らが1年の時の3年で、入学してすぐにシメた奴が、たしか斎藤という名前だった。
「若いっていうのは、元気があっていいね。お前、ウチ来るか?」
俺がいくらアホでも、この誘いがこのオッサンっ家に招かれたことじゃないことくらいわかる。ヤクザにならないか、と言われているのだ。
町も出ない、家も継がない、漁師にはならない。この時点で残されている道は限られていた。どうせ、この道に進むしかないだろうと思っていた。
そこへこのオッサンとの出逢い。オッサンは桜庭と名乗った。俺は黙って桜庭についていった。
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