辻 天馬

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第38話 斎藤  弟の舜とは、ちょくちょく連絡を取っていた。2週間に1回くらいは電話をしていた。当時は家族通話無料なんてプランがなかったから、電話代も高えし、あまり頻繁には電話することはできなかった。俺の携帯のアドレスには組員の他に、ヤマトと舜の番号しか入っていない。両親には携帯番号を教えていなかった。  舜は、俺がヤクザの構成員になったことをあまり責めなかったが、快く思っていなかった。俺がヤクザの構成員になったことより、バスケを辞めたことの方が咎められていた。電話ではいつも舜の近況ばかり聞いていて、俺の話は極力しなかった。 『マジかぁー』  いつもは俺の話をしないのだが、背中にタトゥーを入れたことだけは報告した。俺にタトゥーを入れてくれたのは、舜も小さい頃からよく知っているヤマトなのだ。これは、ヤクザの話じゃない。 『それはタトゥーなんだね。刺青じゃないんだね』  舜は念を押すように確認してきた。そんなの同じじゃないかと思ったが、舜にとっては重要なことのようだ。やっぱり言わなければよかったと後悔しても遅い。俺は適当に返事をして、すぐに話題を切り替えた。 「どうだ、そっちは。もうレギュラー確定だろ」 『んー、やっぱり強豪校は凄いよ。他県から色んな凄え奴が集まってるし、現レギュラーの上級生もプロみてえだよ。地元の中学とはレベルが違い過ぎる』  あんなに上手い舜でも梃子摺(てこず)るくらい凄い奴らの集まりなのか、と感心したが、少し舜が心配になった。学校の成績も、バスケも、トントン拍子で駆け上がった舜が挫折してしまわないだろうか。 『でもさ、こんな凄い奴らと一緒だと、自然とこっちも気合入るんだよね。負けちゃられねえって。こっちも見せ場作るのに必死で、知らない間に上達してる気もする』  どうやら俺の杞憂のようだ。アイツは前を向いて生きている。 「じゃあ、見せ場を作るのに、俺の『ペガサス流星拳』使っていいぞ」  俺は子供の頃、シュートする時、好きだったアニメの技を叫んでいた。小さかった舜は、それを喜んで見ていた。 『兄ちゃんのあれは、ただのランニングシュートだよ』  そう言って舜は春の小風が吹くようにカラカラと笑う。  アイツと話していると元気が出る。アイツが夢を追いかけていることで、自分も夢を追いかけていられる。  俺も構成員なんてチンピラのままで終わるわけにはいかない。真っ当なヤクザになりたいというのも変な表現だが、桜庭のようになりたい。  隣町との抗争は水面下で続いていた。構成員の俺と斎藤には声がかかることはなかったが、一緒に住んでいる下っ端組員たちは、時折怪我をして帰ってくる。俺たちにも行かせてください、と意気込むが桜庭は首を縦には振らない。声がかからないことを、どこかほっとしている自分もいた。  ヤクザの抗争というのは、拳銃とか使ってもっと派手にやるもんだと勝手に決めつけていた。ナイフで刺されて闇医者に担ぎ込まれる組員もいたが、これは高校生の喧嘩の延長線だな、とタカを括っていた。  俺たちは呑気に掃除、洗濯、炊事を斎藤と日々こなしているだけだった。怪我をした組員の包帯の取替えが、日々の業務で追加されたくらいだ。 「俺は、正直言って、怖えよ」  洗濯した包帯を干しながら、斎藤は言った。 「注射も怖えのに、あんな血塗れで帰ってくるなんて。もし自分も行け言われとったら、マジでブルっちまう」  洗濯した包帯を、物干し竿に1つ1つ丁寧に引っ掛け、洗濯バサミで止めていく。白い包帯が秋の風に、鯉のぼりのように棚引(たなび)いている。 「声かかんないから大丈夫っすよ。先輩、弱いから」 「それを言うなや」 「俺らにシメられた次の日から、俺のこと『』って呼んでましたからね」 「だから、それ言うな!」  洗濯物を全部干し終えて、斎藤は通りを挟んだ海を眺めていた。なにを感傷に浸ってるんだ。センチメンタルな台詞とか言うなよ、と突っ込もうかと思った。 「お前は、いいよな」  ポケットに手を突っ込んで、斎藤が振り返った。 「何がっすか?」 「ん?背中」 「また、そうやっておちょくるんですか」  俺の背中のアシュラマンのことに触れられ、ちょっとヤマトをバカにされた気分だった。 「違えよ。それ、俺はカッコええと思う」 「散々、兄貴たちに(けな)されてんですよ」 「マジで。俺は、マジでカッコええと思うとる」  今度はヤマトを褒められた気分で、少しこそばゆい気持ちになる。 「俺も、もうちょっとマシな男になったら、俺もそれ入れたい」  何と比べてマシなのか、斎藤が何を言いたいのか分からなかった。 「先輩。注射より、痛いっすよ」  俺は冗談で返した。マジかぁ、と斎藤は情けない表情で項垂れた。あれだけ高校の頃バカにしていた斎藤と、こんなに親しくなれるとは想像してなかった。場が変われば、人との付き合いも変わるんだと、この時初めて知った。 「俺は、上に昇っていくぜ」  斎藤が渋い決め顔をこちらに向けてきた。 「先輩。カッコいいです」  おちょくるように言ってみたが、それは本心から出た言葉だった。
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