ゴエモン

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「結愛ちゃんって、ゴエモンのこと好きなのかなー」  いちごの香りがするリップをぬりながらのぞみんが投下した。  のぞみんこと希実(のぞみ)ちゃんが口を開くと、その場にいあわせた子たちは、ぎくっとするか、わくっとするかの二手に分かれる。のぞみんの発言はいつもあぶなっかしくて、一緒にいるときわたしはのぞみんの柘榴色の唇が動かないようひそかに祈っていたりする。 「たしかに。いっつもゴエモンのこと気にかけてるよねー」 「ねっ。そうだよねっ」 「休み時間のときぜったい声かけるしー」  のぞみんに同調するのは、わくっとするタイプの子たちだ。わたしはいわずもがなぎくっ、のほうなので、さっそく今日も愛想笑いが口のはじっこにスタンバっている。  のぞみんは、早瀬さんがプチ☆てぃあらの街角スナップで写真を撮られたときから、早瀬さんが気に食わない。それまでは早瀬さんのことなんて、あってもなくても困らない黒板消しクリーナーくらいにしか思っていなかったくせに。  しかも、結愛ちゃんすごーい、ってのぞみんが早瀬さんを褒めたのに、早瀬さんときたら「ピアノのお稽古に遅れそうだったのに解放してくれないから、しかたなく撮ったの」と突き放してしまったもんだから、その態度と理由にますます嫉妬の炎を燃やしていた。  早瀬さんは、芯と髪のコシが強そうな、すこし小学生っぽくない小学生だった。成績はいつもいちばん。運動神経はいまいちみたいだけれど、とても努力家でマラソン大会ではいつも三十番以内に入っている。  早瀬さんも、なんとなくどこをみつめているかわからない子だった。はじっこのない水平線。答えのない宇宙。ここではないどこかを見据えて、正体のないなにかとたたかっているような、そんな子。ゴエモンの横顔は、そんな早瀬さんをいつも彷彿とさせた。  わたしは、本当はのぞみんよりも早瀬さんと仲良くなりたい。狭い世界の狭い友人たちばかりと向き合うのではなく、受験勉強のCMみたいに未来のわたし的ななにかと真摯に向き合っているようなひとに憧れていたから。  ちがうと思うよ。早瀬さん、ゴエモンと席がとなりだから。ゴエモンってほら、ちょっとドジなところあるし。早瀬さんもしかたなく面倒みてるんじゃないかなあ?  脚本・演出・出演 梨本美羽の台本は、セリフの暗記も立ち回りの復習も完璧なのに、一向に舞台に立つことができない。舞台袖でつんのめる爪先をみつめるばかり。  明日はちゃんという。明日はちゃんと、それはちがうって思ったら、ちゃんと。今日はまた無理だったけど、明日なら変われる。明日なら。  わたしの人生、いっつもそれの繰り返し。
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