ゴエモン

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 学校がお休みの日。マンションのエレベーター前でゴエモンのお母さんに出くわした。あら、梨本美羽ちゃん。ゴエモンのお母さんらしく、わたしをフルネームで呼ぶ。 「颯太、学校でうまくやれてるかしら? ほら、あの子ちょっと、まっすぐすぎる子だから。おばちゃん心配で」  ハヤタ。そういえば、ゴエモンってそんな名前だったっけ。いまいちしっくりこない。本名のほうがしっくりこないっていうのもおかしな話だけれど。 「ゴエ、ハヤタくんは、絶妙にクラスに馴染んでいます」 「絶妙に」  まあ、そう。ゴエモンのお母さんは曖昧に笑う。  絶妙に、が気にかかったのだろうか。でも、本当に絶妙に、なのだからしょうがない。それに、べつに抜群にクラスに馴染んでいなくてもいい。ゴエモンを見ていると心からそう思う。 「颯太は、その……石川五右衛門の話なんてしてる?」 「はい。リスペクトしてます」 「リスペクト」  まあ、そう。ゴエモンのお母さんは、エレベーターのすみっこをみつめた。ほんとに困った子。そう続きそうな雰囲気。 「いつかちゃんと、話さなきゃねえ」 「……え?」 「あの子はおじいちゃんっ子だから。お父さんと一生懸命考えた、苦肉の策だったんだけど」  わたしにいったというより、ひとりごとみたいな感じだった。  ぽーん。軽快な音を響かせて、エレベーターが一階へ着く。 「じゃあね。梨本美羽ちゃん。これからも颯太と仲良くしてね」  去っていく背中をぼうぜんとみつめる。脳内で、メリーゴーラウンドが走っていた。ぐるぐるまわる、いつかちゃんと話す、と、あの子はおじいちゃんっ子、と、苦肉の策。 「あのっ」  呼び止めると、ゴエモンのお母さんは驚いたように振り向いた。  口がはくはくする。心臓も、草原から馬が駆けてくるみたいに震える。  いいんだろうか。わたしのような子どもが、大人に意見するなんて。せめて早瀬さんのように小学生っぽくない小学生だったらよかったのに。  明日じゃない。今日変わるんじゃなかったの? わたし。 「話さなくていいですっ。その、苦肉の策、ってやつ」 「…………」 「おばさんたちが、いつかちゃんと、なんてしなくても、ゴエモンならきっと、自分で気づけるから。自分で気づいて、自分でちゃんと立ち直れるから。だから、それまではどうか黙っていてください」  おねがいします。そういって、頭を下げる。  頭を下げるなんて、ちょっとダサい。早瀬さんなら、きっともっとスマートにできる。  わたしはこわかった。石川五右衛門を失ってしまったゴエモンが、いまのゴエモンでいられなくなるような気がして。  目が合わなくてもいい。大人ぶっててもいい。ゴエモンにはずっと、ここだかどこだかわからないところをまっすぐにみつめるゴエモンのままでいてほしい。大人になっても、おじいちゃんになっても。  つむじの向こう側から、あはっ、とのんきな笑い声が聞こえた。おそるおそる顔を上げる。子どもが生意気なことを、なんて怒られるかと思っていたら、ゴエモンのお母さんはなぜか笑っていた。うれしそうに。 「そうね。そうするわ」 「へ? ……あのー」 「今度うちに遊びにいらっしゃい。梨本美羽ちゃん」  鼻歌を歌いながら去っていくゴエモンのお母さん。あっさりと意見を聞き入れられて、拍子抜けする。  なんだ。子どもでも、大人に意見っていっていいんだ。  数メートル先、なにもないところで盛大にけつまずいたゴエモンのお母さんは、頭を下げたわたしよりダサかった。
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