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「石川五右衛門って、窯の中で茹でられながら自分の子どもを最期までまもって死んでいったんだってね」
ネットで仕入れた情報を得意げに話すと、ゴエモンはそっけなく、ああ、と眉を上げた。
「諸説あるけどな」
「しょせつ?」
「いろんな説があるってこと。苦しませないためにいっきに沈めたとか、自分が苦しいから下敷きにしたとか、いろいろ」
「なにそれ。いいひとなのかわるいひとなのかわからないじゃない」
「いいんだよ。どっちでも」
廊下の窓枠に肩肘をついて、今日でも明日でもないところをみつめるゴエモン。太陽光を一身に浴びて、こげ茶色の瞳がきらきらしている。夏の海の水平線みたい。
ご先祖様がいいひとかわるいひとかどっちでもいいなんて。へんなの。ゴエモンの気持ちを今日も推し量れないわたしは、いじけたようにふうんと鼻を鳴らす。
「ゴエモンならどうする?」
「え?」
「石川五右衛門と同じ目に遭ったら」
ゴエモンは一瞬も迷わなかった。
「自分の子どもを助ける。おれのお父さんやお母さんなら、きっとそうするから」
相変わらず横顔だけを見せつけてくるゴエモンをみつめながら、ふと思う。
もしかしてゴエモン、本当は、お父さんとお母さんが一生懸命考えたらしい苦肉の策とやらに、気づいているんじゃないだろうか。それでいて、知らないふりをしているんじゃないだろうか。おじいちゃんとご両親、みんなの心と、平穏をまもるために。
ゴエモンがまもる子どもは、いったいどんな子だろう。やっぱり、今日でも明日でもないところをみつめるような子どもに育つのだろうか。その子のお母さんはどんなひとなんだろう。早瀬さんの顔が浮かんで、胸がちくりとした。
「まあ、そんな物騒な世の中にならないよう、おれはおれなりに平和をまもっていくよ」
ふっ、と憂いた息を吐いて、颯爽と去っていくゴエモン。そのあとで、なにもないところでけつまずいた。
「ゴエモンの場合、窯の中で足滑らせそうだね」
(了)
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