ルイ•サイドⅠ

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ルイ•サイドⅠ

 ――薫、パリに来てくれないか。  なんであんなことを言ってしまったのか。  いまだに自分でも不思議だ。    曽祖父が決めた許嫁が日本にいる。  そんな突拍子もない話を、祖母から聞かされたのは今から10年前だった。  それでようやく長年の謎が解けた。  幼少のみぎりから、一族のなかでなぜ私だけ、日本語を習わされてきたのか。  フランスからはるか1万キロも離れた異国の、暗号よりも難解な言葉をどうして習得しなければならないのか、ずっと疑問だった。  もちろん、話を聞いたときには抵抗した。  そんな遠い異国の、見も知らぬ相手と結婚するのは嫌だと。  百年も前の口約束を、なぜ自分が守らなければならないのかと。  だが、わが家では、祖母の意向は絶対なのだ。  相手が日本人だからこそ、どうしてもこの結婚を成立させなければならないのだと。  それが、自分の父母、あなたの曽祖父のたっての望みだったのだから、と。  10年間、事あるごとに説得しても祖母の気持ちを変えることはできなかった。  
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